闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 ついに雛許(すうきょ)の城門をくぐり、馬車が白楊(はくよう)の王宮の敷地内で静かに停まる。護送の兵士たちが扉を開けると、そこに立っていたのは、白楊の大都督である劉義(りゅうぎ)と、劉永(りゅうえい)だった。劉義の眉間には深い皺が刻まれ、劉永(りゅうえい)は、苦しげに顔を歪めて、何かから目を逸らすように一度だけ首を振った。

「玉蓮……」

 重い空気が漂う中、玉蓮はゆっくりと馬車から降り立つ。

「私の失態だ」

「先生。大王の御裁可(ごさいか)でしょう。玄済(げんさい)国から戦の賠償を増やすとでも言われたのかと」

「だが…‥」

 育ての親とも言える師の声は、絞り出すように、か細く掠れていた。それだけで、それが「どう」決められたのか想像できるというもの。

「戦の後に婚姻が結ばれ、和睦(わぼく)へと繋げるは定石(じょうせき)。それが、此度はわたくしの役目だっただけです」

「政治のための犠牲だと! そんな理屈がまかり通るのですか!」

 劉永が、声を荒らげた。その瞳が、まるで自分自身を責めるかのように、暗く揺らめいている。劉永の前でその歩みを止めて、彼を見上げる。

「……僕が、もっと早く、君を無理にでも許嫁としていれば、こんなことには」

 伸ばされた劉永の手。傷だらけの玉蓮の手を、いつも包み込んでくれていた温かい手。この手をとれば、劉家がきっと守ろうとしてくれる。劉義も、劉永も、温泰も。だが、そうなれば政敵が劉家を追いやる口実にするだろう。玉蓮は、その手を取らなかった。

「……ありがとうございます、永兄様」

 小さく息を吸って、玉蓮はかすかに震える唇を引き結んだ。

「ですが、これで良いのです」

 真っ直ぐに、彼の目を見つめ返す。

「玉蓮」

「これは、わたくしが公主として生まれ落ちた定め。公主としての責務を果たさなければ」

 そう言い切って、玉蓮はただ前を見据えた。