◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇
◇◇◇
玉蓮の雛許への帰還は、まさに罪人の護送そのものだった。
「おい、本当に大丈夫だろうな。あの赫燕軍の将だぞ」
「武勇、知略ともに怪物だ。いつ、どのような行動に出るかわからぬ。皆、警戒を怠るな」
「敵国に届けられるのだ。逃げてもおかしくない。そうなれば、我らの首が飛ぶ」
馬車の外から聞こえてくる兵士たちの声。その一つひとつが、分厚い壁を隔てた向こう側の出来事のように、どこか遠く、現実味なく響いている。外の騒がしさとは裏腹に、心の中は静かな湖のように凪いでいる。過去も、未来も、今はただ遠く、霞の向こう側。
道のりの途中、護送の兵士の声が、馬車の中で静かに座る玉蓮に届いた。
「公主、どうかご辛抱を。もし、この場で逃げ出そうとなされば、お母君の一族が、いかなる処置を受けるか」
兵士の声は、これまでの無遠慮な響きを潜め、どこか躊躇いがちな、ぎこちない響きを帯びている。玉蓮はゆっくりと馬車の窓の布を上げ、一瞬、冷たい風が頬を撫でるのを感じる。そして、その視線を馬上で声をかけた兵士に向けると、玉蓮の唇の端が、す、と自然に吊り上がった。
「っ……」
玉蓮の微笑みを見た兵士は、思わず一歩後ずさるようにして、馬上でその体を反らせた。玉蓮は、その凍りつくような瞳を、ただ真っ直ぐに見つめ返す。手綱を握る兵士の手が白くなるのを視界の端に捉えて、再び静かに窓の布を下ろした。
馬車が揺れる。ガタゴトと音を立てて。ふと、胸元の紫水晶を強く握りしめた。石の、鋭いほどの冷たさが、じ、と手のひらの皮膚を刺す。赫燕に与えられたその冷たさが遠ざかりそうになる意識を、この現実へと無理やり引き戻してくれる。
◇◇◇
玉蓮の雛許への帰還は、まさに罪人の護送そのものだった。
「おい、本当に大丈夫だろうな。あの赫燕軍の将だぞ」
「武勇、知略ともに怪物だ。いつ、どのような行動に出るかわからぬ。皆、警戒を怠るな」
「敵国に届けられるのだ。逃げてもおかしくない。そうなれば、我らの首が飛ぶ」
馬車の外から聞こえてくる兵士たちの声。その一つひとつが、分厚い壁を隔てた向こう側の出来事のように、どこか遠く、現実味なく響いている。外の騒がしさとは裏腹に、心の中は静かな湖のように凪いでいる。過去も、未来も、今はただ遠く、霞の向こう側。
道のりの途中、護送の兵士の声が、馬車の中で静かに座る玉蓮に届いた。
「公主、どうかご辛抱を。もし、この場で逃げ出そうとなされば、お母君の一族が、いかなる処置を受けるか」
兵士の声は、これまでの無遠慮な響きを潜め、どこか躊躇いがちな、ぎこちない響きを帯びている。玉蓮はゆっくりと馬車の窓の布を上げ、一瞬、冷たい風が頬を撫でるのを感じる。そして、その視線を馬上で声をかけた兵士に向けると、玉蓮の唇の端が、す、と自然に吊り上がった。
「っ……」
玉蓮の微笑みを見た兵士は、思わず一歩後ずさるようにして、馬上でその体を反らせた。玉蓮は、その凍りつくような瞳を、ただ真っ直ぐに見つめ返す。手綱を握る兵士の手が白くなるのを視界の端に捉えて、再び静かに窓の布を下ろした。
馬車が揺れる。ガタゴトと音を立てて。ふと、胸元の紫水晶を強く握りしめた。石の、鋭いほどの冷たさが、じ、と手のひらの皮膚を刺す。赫燕に与えられたその冷たさが遠ざかりそうになる意識を、この現実へと無理やり引き戻してくれる。

