闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「理解しておられると思うが……逆らえば斬首。いくら赫燕(かくえん)将軍の軍とて王の決定は覆せぬ。公主は、その責を果たされよ」

 使者の声は、依然として冷たい。視界が(にじ)み、膝の感覚が遠のいていく。耳元では、風でもない何かが、ざわざわと囁いていた。体の奥底から、凍てつくような冷たさが這い上がり、呼吸すらままならない。玉蓮の周りから色も音もなくなるように、世界が遠ざかる。政治の道具として、姉と同じく敵国へと送られるその事実に、姉を無惨に殺した男の元に贈られる未来に、胸の奥で、ごう、と音をたてた小さな炎が風に(あお)られて火の粉をあげた。

「公主、勅命(ちょくめい)である。受けとられよ」


——拒めば、赫燕軍が討たれる。

——逃げれば、力を持たぬ母の一族が処断される。


 玉蓮は、刹の腕から抜け出し、使者の前に(ひざまづ)いた。自らの胸の内で、(くら)く炎が逆巻く。



「……ありがたく」



 巻物を受け取り、玉蓮は瞬きもせずにそれを見つめた。父からの最初で最後の言葉を。やがて、玉蓮はゆっくりと天幕の外へと歩き出した。

「玉蓮……」

 朱飛の声を背中に受けながらも、それに振り返ることもせずに。