闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 王の勅命(ちょくめい)を携えた使者が、(おごそ)かな様子で天幕に入ってくる。さっきまで冗談を飛ばしていた刹が、唇を噛んで目を伏せた。歩を進める足音さえ、不快なほどに大きく響く。誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。赫燕の瞳は、何の感情もなくただそこを見ていた。使者が、巻物を広げ、その内容を朗々と読み上げ始めた。一つひとつの言葉が、意味をなさずに鼓膜の上を滑っていく。

「——玄済(げんさい)国との和睦(わぼく)の証として、公主・玉蓮を玄済(げんさい)王の後宮へ遣わすべし」

 玉蓮の喉の奥で、微かに空気が漏れる音がした。

(父上——!)

 父が、いや、王が下した決定。姉の時と同じように、まるで牛や馬を売るかのように、大臣たちと密かに、しかしあっさりと決められたであろうことが容易に想像できた。玉蓮の脳裏には、かつて姉の血のように赤い婚礼衣装が蘇る。玉蓮の手のひらに爪が食い込んでいく。

「……ふ、ふざけんじゃねえ!」

 牙門が椅子を蹴立てて立ち上がる音が、轟音(ごうおん)となって響く。床に転がった椅子は、不規則な音を立てて滑っていく。

「そんなのありかよ……」

 刹の忌々しげな声が、牙門の激昂とは対照的に(なまり)のように重く耳に届き、彼の腕が使者から遮るようにして玉蓮を包みこむ。

 その、ほんの一瞬の隙。玉蓮の視界の端で、それまで微動だにしなかった子睿(しえい)の影が、ゆらり、と動いた。彼がいつも手にしている扇が、まるで音もなく滑るように、使者の喉元へと伸びていく。その扇の先端から、きらり、と。髪の毛よりも細い、毒を塗った針が覗いていたのを、玉蓮だけが見ていた。

「子睿」

 喉から絞り出すような声で名を呼ぶ。子睿の動きがふ、と止まる。いつもは細められているはずの瞳が、珍しく見開かれ、凍てつくような光で玉蓮を射抜いていた。子睿の問いかけるような視線に、玉蓮は首を小さく横に振る。

「……玉蓮、行くな。俺たちが」

 迅の手が玉蓮の肩を掴み、力が込められる。