◇◇◇
その日、赫燕の天幕には、重なる軍議のために幹部たちが全員集まっていた。賑やかな赫燕軍らしく、真剣な軍議の中でも時折、笑い声や軽口が飛び交う。
「ですから牙門さん、そこは刹さんにお任せください。刹さんの方がこういうのは得意じゃないですか」
子睿が扇で口元を隠しながら、仕方ないとでもいいたげに片眉をあげる。
「ほらな、お前のとこじゃ、こんなに器用なことできないだろ」
刹が勝ち誇ったように言い放ち、牙門が顔を顰める。
「うるせえ、刹。おい、迅、お前のところが動けばいいじゃねえか」
「いや、俺んとこはお頭の周り固めなきゃだし」
「朱飛、本隊がこの進行で行くなら、私たちはこちらを押さえましょうか」
「ああ、そうだな玉蓮」
次の戦の軍議の最中、天幕の外から、普段とは違う緊迫した声が聞こえた。
「お頭、あの、なんか……王の勅命だと使者が」
その言葉が耳に届いた瞬間、それまで赫燕の唇に浮かんでいた薄い笑みは、一瞬で掻き消えた。視線が、獲物を狙う猛禽のそれのように鋭く研ぎ澄まされる。深い闇を湛えたその瞳は、一切の冗談めいた色を失い、有無を言わせぬ圧力をもって天幕の入り口へと向けられた。
それまで天幕の中を満たしていた牙門たちの豪快な笑い声が、ぴたりと止み、油灯の光が息を殺したかのように、その揺らめきを止める。
「入れ」
低い唸りのように重く響き渡った赫燕の命令に応えるように、重厚な布の擦れる音が耳に届く。
その日、赫燕の天幕には、重なる軍議のために幹部たちが全員集まっていた。賑やかな赫燕軍らしく、真剣な軍議の中でも時折、笑い声や軽口が飛び交う。
「ですから牙門さん、そこは刹さんにお任せください。刹さんの方がこういうのは得意じゃないですか」
子睿が扇で口元を隠しながら、仕方ないとでもいいたげに片眉をあげる。
「ほらな、お前のとこじゃ、こんなに器用なことできないだろ」
刹が勝ち誇ったように言い放ち、牙門が顔を顰める。
「うるせえ、刹。おい、迅、お前のところが動けばいいじゃねえか」
「いや、俺んとこはお頭の周り固めなきゃだし」
「朱飛、本隊がこの進行で行くなら、私たちはこちらを押さえましょうか」
「ああ、そうだな玉蓮」
次の戦の軍議の最中、天幕の外から、普段とは違う緊迫した声が聞こえた。
「お頭、あの、なんか……王の勅命だと使者が」
その言葉が耳に届いた瞬間、それまで赫燕の唇に浮かんでいた薄い笑みは、一瞬で掻き消えた。視線が、獲物を狙う猛禽のそれのように鋭く研ぎ澄まされる。深い闇を湛えたその瞳は、一切の冗談めいた色を失い、有無を言わせぬ圧力をもって天幕の入り口へと向けられた。
それまで天幕の中を満たしていた牙門たちの豪快な笑い声が、ぴたりと止み、油灯の光が息を殺したかのように、その揺らめきを止める。
「入れ」
低い唸りのように重く響き渡った赫燕の命令に応えるように、重厚な布の擦れる音が耳に届く。

