◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇



夕暮れ時、図書堂から呼ばれた玉蓮は、書斎で劉義と盤を挟んだ。

言葉なく淹れられた茶が、静かに彼女の前に置かれる。そして、師がいつものように、年季の入った小さな碁笥(ごけ)を差し出し、玉蓮はそれを受け取り、丁寧に蓋を開けた。

その部屋に静かに石を打つ音が響く。ぱちり、と石が置かれるたび、古い木と墨の匂いがふわりと立ち、昼間の汗の匂いは消え、思考だけが研ぎ澄まされていく。

黒石を握る玉蓮は、獲物を狙うように盤を睨み、迷いなく石を置く。劉義が、静かに笑った。

「玉蓮。お前に、一つだけ定石を教えよう」

玉蓮は石を打つ手を止め、師の言葉の真意を探るように、その顔を見上げる。

「今、お前と私の戦いでは、置き石を置いている。それは、お前がまだ幼く、盤上の戦いに慣れていないからだ」

「はい。置き石を減らせるよう、精進いたします」

「……ああ、そうだな。だが、実際の戦においては、相手は決して手加減はしてくれぬ。敵は容赦なく、お前の弱みを突き、最も残酷な一手を打ってくるだろう」

玉蓮は、劉義の言葉を聞いて改めて盤に視線を落とした。

「そんな時、お前がもし後手になったとしても、これから教えるこの定石は、お前を生かしてくれるであろう。それは、単なる戦術ではなく、生き抜くための(すべ)なのだ」

劉義はそう言って、墨で描かれた碁盤の中央を静かに指差した。

彼の乾いた指先が示したのは、盤面の中央、ただ一点。それは、まるで宇宙の中心を示すかのような、孤高にして絶対的な場所。

——天元(てんげん)