闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「……(いにしえ)より伝わる香毒(こうどく)夏龍(かりゅう)蠱毒(こどく)、というものがある」

「……香毒(こうどく)?」

「伽羅に、ほんの僅か、別の草を混ぜる。それだけであれば、ただの香。そして、龍の逆鱗(げきりん)と呼ばれる鉱物の釉薬(うわぐすり)を塗った香炉で焚けば、極上の伽羅の香りだ。だが、実際は致死性の毒煙(どくけむり)。それを吸った者は、ゆっくりと、眠るように死んでいく」

 彼の声は、あくまで平坦に響く。まるで日常の出来事を語るかのような調子が、(おぞ)ましさを物語るようだ。 赫燕はゆっくりと立ち上がり、香炉に近づくと、その無骨な指先で、そっと香炉の灰を摘み、そして、その灰を玉蓮の鼻先にゆっくりと近づけた。

「この香炉は、釉薬(うわぐすり)が塗られていない。無毒の印として、玉の昇り龍が描かれている。反対に、夏龍(かりゅう)蠱毒(こどく)として使う香炉は、龍が玉を護るためにとぐろを巻いている」

 甘く、しかし、今はぞっとするほど恐ろしい伽羅の香りが、玉蓮の鼻腔(びこう)をくすぐる。

「よく覚えておけ、この伽羅の香りを。もし、この香りの中にほんの僅かでも、舌の奥を刺すような苦味を感じたら……それは、毒だ」

「……嗅ぎ分けるために、いつもこの香を?」

「極上の伽羅は手に入れるのが難しい。が、その分、貢物(みつぎもの)にもされやすい。夏龍(かりゅう)蠱毒(こどく)は嗅ぎ分けるのが最も困難だ。まあ、作れる者など、そうはいないがな」

 赫燕は、それきり再び口を閉ざして、地図の前に戻った。