闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇

 しばらくの間、必要不可欠な言葉だけを発していた玉蓮に、ある日、崔瑾は、ずらりと並べられた軍議の記録をその前に広げた。

「玉蓮殿、こちらを」

「……なんです」

 冷たさしかないような声を返されても、崔瑾はやはり、どこか微笑(ほほえ)んでいるように見えた。そして、その地図の上に、駒を淀みなく置いていく。書簡も何も見ることなく、優雅な動きで次々と手を動かし、あっという間に戦の布陣を地図上に浮かび上がらせる。

「これは先日の(せん)国との戦の記録です。玉蓮殿の目から見て、この布陣はどう思われますか」

 顎先をさすりながら、目をどこか輝かせて地図を覗き込む崔瑾。玉蓮は、彼の問いに、初めは黙秘を貫いていた。だが、彼女の視線は地図の上を滑っていく。そこに描かれた鮮やかな布陣、無駄のない兵の配置。

 玄済(げんさい)の将の戦術。憎むべき相手のもの。欠点を探すつもりで目を走らせたのに、気づけば指先がその布陣をなぞっていた。視線が吸い寄せられ、思わず口が動いていた。

「……この、左翼の部隊は(おとり)ですね」

 声が漏れた瞬間、心臓が跳ねる。しまった、と奥歯を噛み締める。だが、崔瑾は静かに頷く。

「ええ。あなたの目には、そう映りますか」

 穏やかに微笑(ほほえ)む彼の瞳の中。その柔らかな光を見つめられずに、玉蓮は、再び地図に目を落とした。

 北には大孤(だいこ)国、東には(せん)国。大国である玄済(げんさい)は、あまりにも多くの国と、その国境を接している。その、複雑に絡み合った国境線の一つ、玄済(げんさい)国の北東部に彼女は不自然な空白地帯を見つけた。

「崔瑾殿、ここの地は? 王都・呂北(ろほく)の西に広大な地が広がっていますね」

 玄済(げんさい)国の王都・呂北(ろほく)は、玄済国の中央ではなく、国の北端に位置していた。後ろは険しい山脈に守られた天然の要塞だが、一部、(せん)大孤(だいこ)と国境が近しいところもある。

霜牙(そうが)の地、ですね」

「旧王都の盛楽(せいらく)の方が、大孤(だいこ)国や(せん)国の国境から距離もあるのでは?」

 玉蓮の問いかけに、崔瑾は遠い目をして答える。