闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「——ならば、公主を……大都督(だいととく)・正室として迎えまする」

「何を言う!!! 白菊は私のものだ! たかが一介の武将が、王の妃を奪うとは、許し難い暴挙ぞ!」

 王の絶叫が広間を揺るがす。その顔は怒りで赤黒く歪み、浮き上がった青筋がピクリと跳ねた。地獄の底から響くような、その咆哮(ほうこう)と共に、荒れ狂った視線が突き刺さる。

「どうか、公主を下賜(かし)ください。崔家は、王族に連なる家。白楊も認めましょう。この崔瑾を、白楊(はくよう)国・公主の守護者としてお認めください」

 喉が、からからに乾ききっている。背中を嫌な汗が伝っていくのがわかる。それでも、声に一切の震えは乗せなかった。その場にいる全ての重臣のいかなる反論も封殺(ふうさつ)する、絶対的な響きを声に込めた。

 速まろうとする鼓動を叱咤するように、薄く、長く、静かに息を吐き切る。

 場が静まり返り、王の唇が悔しげに歪み、周礼の、常に貼り付いていたはずの笑みが、完全に消え失せていた。だが、一人だけ——太后(たいこう)は、静かに微笑(ほほえ)んでいる。

(なぜだ。王の怒りを買い、ここで処罰されることさえ覚悟していたのに)

 あからさまな愉悦を見せない太后(たいこう)の笑みに、いくつもの可能性を頭に走らせていく。王の怒りが走った時よりも、よほど冷たい汗が背中を伝う。

「婚姻を結ぶ、と?」

 ゆらり、ゆらりと揺れる(おうぎ)の上、太后(たいこう)の深淵な眼差しが崔瑾を射抜いている。

「は。王の安全、公主の保護のため。そして和睦の揺るぎない証として、王族に連なる崔家、そして大都督・崔瑾が婚姻を結びまする」

「どの縁談にも首を縦に振らなかったそなたが、な……これまで一度として、王室から持ちかけられた縁談にさえ興味を示さなかった崔瑾殿が、公主を娶るか」

 太后(たいこう)の声は、徐々に温度を失っていく。

 これまで縁談を断り続けてきたのは、いつ寝首をかかれてもおかしくない立場だからだ。内から、外から狙われる崔家にとって、安易な婚姻は自らの首を絞める縄になりかねない。だが、有力な王族や貴族との断り続ける崔瑾は、そのまま、王家にとっては、御しがたい一族であることの証でもあった。