復讐姫と二人の英雄 —殺戮将軍と天才軍師の執着。その天命の盤で美しく狂い咲く—

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇

 その緊迫したやり取りの中、ふふ、と喉を鳴らす湿った音が崔瑾(さいきん)の鼓膜を震わせた。太后(たいこう)が口元を扇で隠しながらも、愉しげに肩を揺らしていた。

「『英雄の魂を焼きつくしてなお、皆が競ってその炎に飛び込むこと、飛蛾(ひが)のごとし』とは、よく言ったものだ。そなたを手に入れるために、皆が躍起になっておる」

 一瞬、後ろにいる玉蓮に視線を向ければ、何も映していないかのような瞳で虚空(きょくう)を見つめていた。その姿にじくりと胸が(きし)む。

太后(たいこう)様、どうか、お聞き届けいただきたいのです。刺客を大王様の寝所に招き入れることと同義にございます。後宮に入れてはなりませぬ」

 己の喉から、ごくりと音がする。汗が一筋、頬を伝っていく。

「……だが、公主は大王の後宮に贈られてきたのだ。まごうことなき妃としてな。それを辞めると言うなら、それ相応の、誰もが納得するような言い訳を白楊に伝えねばならぬ。どうするつもりだ、大都督(だいととく)よ」

太后(たいこう)様のおっしゃる通りであるぞ、崔瑾殿。王が娶るべき姫君を、一体どうするというのだ。この件は、そなたの一存で決められることではない」

 周礼(しゅうれい)の声が、蛇のように音もなくその場に滑り込んでくる。彼の冷ややかな視線は、こちらを射抜くように向けられ、場の空気は一層重苦しくなる。


 数刻にも感じる沈黙の間、崔瑾の脳裏には、何度も反芻(はんすう)し、そして打ち消してきた一つの可能性が浮かび上がっていた。それは、この窮地を打開するための、あまりにも危険で、しかし彼女を生かす唯一の道。

(長い大陸の歴史の中でも、数例の可能性にかけるしかない。ここで動かなければ、彼女の未来は、血に染まる——)

 心の臓が、早鐘を激しく打つ。それは恐れでも迷いでもなく、覚悟を決めた者だけが知る、激しい決意の律動。目の前の事態は、まさに絶体絶命。勝算があって、ないような力業(ちからわざ)の交渉だ。

 これまでに(つちか)ってきた知略も、政治的駆け引きも通用しない、一世一代の大博打。しかし、不思議と恐怖はない。

 胸の中で(くすぶ)っていた残り火が、一気に燃え上がり、全身の血を沸騰させていく。

 諦めるという選択肢は、己の中には存在しない。崔瑾は、肺いっぱいに空気を吸い込み、そして腹の底から声を張り上げた。