闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 風が頬を撫でていく。朱飛は、玉蓮の襟元から覗いている革紐に視線を移した。

「それは……」

 思わず、声が漏れた。

(まさか——)

 玉蓮が、襟元からそれを取り出して、朱飛に紫水晶を見せる。その瞬間、朱飛の世界から、音が消えた。

 ——炎。血の匂い。幼い主君の、獣のような瞳。その泥だらけの手に握りしめられていた、二つの石。決して手放そうとしなかった、魂の片割れ。それが、なぜ——。思考が、そこで途切れた。感情が渦巻くことさえ、許されない。ただ、絶対的な事実だけが、朱飛の胸を、音もなく貫いていた。言葉にならないものが、喉を(ふさ)ぐ。

「……大切に、しろ」

 掠れた声で、どうにかそう絞り出すのがやっとだった。玉蓮が紫水晶を握りしめるが、そこから視線を一瞬たりとも逸らすことができない。

「……朱飛?」

 玉蓮に呼ばれ、ようやく視線を上げる。ゆっくりと焦点が定まり、目の前に玉蓮を映し出した。朱飛は呼吸を整えようと努めたが、胸の奥で(くすぶ)る感情が喉を締め付けた。

「玉蓮——」

 なぜ、名を呼んだのか。自分でも分からない。気づけば、そのあまりにも儚く、危うい体を腕の中に閉じ込めていた。