闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「はい、お名前とその戦果と、そして……」

 玉蓮が言い淀む。

 大陸最強とも言われる、強力な騎馬隊を擁する赫燕(かくえん)軍がおさめる戦果は、突出していた。彼の指揮する騎馬隊は、嵐のように敵を蹂躙(じゅうりん)し、瞬く間に戦局を(くつがえ)すと言われている。だが——

「——その、非道」

 玉蓮の心を見透かしたかのように、劉義は言葉を継いだ。

「あやつは、碁を嫌った。『ぬるい』とな。石を置いて地を囲うなど、まどろっこしいと。奴が好むのは、碁ではない。——『象棋(シャンチー)』だ」

「なぜ、将軍は象棋(シャンチー)を好まれるのですか?」

「奴にとって戦場は、地を広げる場ではない。敵の『帥(王)』の首を狩るためだけの狩り場。自らの駒さえも平然と使い捨て、一直線に敵の喉笛に喰らいつく」

 声が、低く、地を這うように響く。

「我々が盤上の石をどう囲むか思案している間に、奴は盤そのものを火に放り込む。敵も、味方も、民も、土地さえも。勝利のためならば、全てを灰に帰すことを(いと)わぬ。奴が通った後に、残るのは草一本残らぬ焦土(しょうど)

 劉義の指が、盤上の黒石を無造作に弾き飛ばした。パチン、と乾いた音を立てて、石が床に転がる。まるで、首を斬り落とされた兵のように。

「その冷酷なまでに徹底した戦略は、究極の合理。その才はまさしく、光。しかし、その道は紛れもなく、闇だ」

 師の言葉と共に、古い墨の香りが、ふと、鉄錆のような血の臭いに変わった気がした。玉蓮の指先がぴくりと跳ね、次の瞬間には拳を握り込む。伏せていたその顔をゆっくりと上げる。

「……先生」

 声が震える。恐怖ではなく、喜びで。

「その闇は……未だ一度も、負けたことがないのですね?」

 劉義が息を呑む気配がした。

(残酷? 非道? それが、どうした)

 綺麗な正義で、姉を救えたか。礼節と慈悲で、あの男を殺せるか。——否。断じて、否だ。地獄にいる怪物(ばけもの)を殺すことができるのは、それ以上に凶悪な怪物(ばけもの)だけ。

 劉義の視線が一度、盤に落とされ再び玉蓮をとらえる。

「時に常識では考えられぬ奇策を(ろう)し、絶望的な状況からすら勝利を掴み取る。その智謀(ちぼう)は、まさに天賦(てんぷ)のもの」

「それでは——!」

「だが、忘れるな、玉蓮。その力がいかに輝かしくとも、それが破壊の刃である限り、必ず持ち主をも貫くのだ」

 玉蓮は沈黙したまま、師の顔を見つめた。劉義の言葉が、熱い砂のように頭の中に流れ込んでくるのに、掴もうとしても、指の間からこぼれ落ちていく。

「我々は、勇敢なる騎馬民族を祖に持つ国。武勇が何よりも(たっと)ばれる。だが、あやつは——」

 そう、武勇も知略も正義だ。それがなければ、この世界を生きていけないのだから。赫燕(かくえん)将軍は、何よりも正義ではないか。

「私は、その才を愛し、その危うさを知りながら、修羅の道へ行く背中を見送ってしまった」

 劉義は自嘲気味に笑い、そして真剣な眼差しで玉蓮を射抜いた。

「……玉蓮。お前はまだ、光の道を選ぶことができるはず。どちらの道を行くかは、お前次第だ」

 玉蓮は、わずかに眉根を寄せ、問い返そうとして微かに開いた唇を、きつく結び直す。盤の中央の一点、天元(てんげん)。その孤独な石に、玉蓮の視線が吸い寄せられ、しばし離れなかった。赫燕(かくえん)の名の熱だけが、喉の奥に残ってひりつく。