闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 朱飛 ◇◇◇

 鬼気迫るような、それでいて、どこか陶然とした姿だった。自らの天幕へ戻る途中の玉蓮を、朱飛は見つめていた。

 あれは、死線を潜り抜けた者だけが纏う、特殊な空気。全ての恐怖と興奮が過ぎ去った後に残る、燃え尽きたかのような静けさと、それでいて、世界の全てを見通すかのような、奇妙な全能感。今の彼女には、常人の感情の揺れなど、些細なことにしか見えていないのだろう。その、あまりに危うい美しさから、朱飛は目を逸らすことができなかった。そして、気づけば、彼女の名を呼んでいた。

「……玉蓮」

 彼女がはっと顔を上げる。朱飛はゆっくりと玉蓮の元へと歩き、その前で止まる。

「お頭は?」

「治療が終わって……意識もあります」

「そうか。お前は大丈夫か」

 朱飛はそう言いながら、玉蓮の頬にそっと指の背を滑らせた。そこには、乾いた涙の跡がはっきりと残っていた。

「鳥が、心の臓を貫こうとした矢から守ってくれたのです。砕けてしまいましたが」

 玉蓮はそう答えると、片手で懐から大切にしまっていた布を開いた。その中には、無残にも砕けた木製の鳥の残骸(ざんがい)が収められていた。朱飛は、その小さな破片一つ一つをじっと見つめた。

「直してやる」

 朱飛の言葉に、玉蓮は目を見開いた。

「直せるのですか……でも、もうボロボロで」

「今度は、さすがに一晩じゃできないがな」

 冗談めかした朱飛の言葉に、玉蓮の表情にようやく、柔らかな光が灯った。彼女は、砕けた鳥を、そっと朱飛の手に渡す。

「勝手をして、申し訳ありません」

「……ああ」

「兵を、仲間を……死なせてしまいました」

「そうだな」

 玉蓮の瞳が揺れ、下唇を強く噛み締める。

「あいつらも覚悟はあったはずだ。だが、忘れろとは言わない」

「……はい」

「背負って、進むんだ」

 玉蓮の顔がゆっくりと上がり、揺れていたはずの瞳が真っ直ぐ朱飛を捉えた。それを見つめ返せば、彼女は強い眼差しのまま頷く。