闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。


 肩に深々と刺さった矢の痛みは、すでに感覚の彼方へと消え去っていった。剣を握りしめているはずの右手にも、その確かな重みはもはや伝わってこない。視界は濃い霧に覆われたように、もはや影のみを映している。それほどに、死が、目の前にある。


「姉上……」


 玉蓮が死を覚悟して、そう呟いた刹那(せつな)——



「——どけ、雑魚ども」



 聞き慣れた低い声が、玄済(げんさい)兵の後方から響き渡った。

 振り下ろされる敵兵の剣が、ゆっくりと弧を描く。飛散する血煙(ちけむり)が、空中で静止している。その、あまりに緩慢(かんまん)な地獄絵図の中を、ただ一人。違う時間の(ことわり)で動いているかのように、漆黒の竜巻が凄まじい勢いで駆け抜けていく。

 彼が手にする大剣が一閃(いっせん)を放つたびに、風が逆巻くような音が唸り、玄済(げんさい)兵の首が宙を舞い、鮮血が舞い散る。まるで、地獄の炎を纏ったように。あっという間に玉蓮たちの周りの敵を斬り伏せると、馬が玉蓮の目の前でぴたりと止まった。漆黒の瞳が玉蓮を捉えている。


——赫燕《かくえん》。


 荒々しく腕を掴まれ、馬上に引き上げられる。その体を包み込む熱と硬い鎧の感触。彼の胸元で揺れる紫水晶が、カツン、と玉蓮の額に当たる。

「行くぞ」

 その声は、戦場の喧騒を打ち破るかのように響き渡った。しかし、その時、将を討たれ、逃げ惑う玄済兵の中から、鬼の形相をした一人の兵士が、玉蓮めがけて斬りかかってきた。

「白楊の犬め、死ねぇ!」

 振り下ろされる白刃。赫燕は舌打ちすると同時に、玉蓮を(かば)うように自らの体を盾にした。甲冑が悲鳴を上げ、肉を断つ鈍く生々しい音が響く。鮮血が甲冑を伝う。

「お頭っ!!」

 玉蓮の絶叫がこだました。しかし、次の瞬間、赫燕は一振りでその兵士を(ほふ)る。

「っ黙れ。問題ない」

 一瞬だけ苦痛に顔を歪ませた赫燕はすぐに表情を元に戻すと、むしろ玉蓮を睨みつけた。その眼差しには、ただ不敵な光が宿っている。