闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇



 赫燕(かくえん)軍の本陣へ戻る道中、劉永(りゅうえい)の救出のために、わずか十数騎にまで数を減らした玉蓮たちは静かに闇夜を駆けていた。


 ——ザワリ


 闇に包まれた森の奥深く、疲弊しきっていた玉蓮は、甲冑(かっちゅう)が響かせる音に息を呑んだ。

「止まれ!」

 目の前に湧き上がった、おびただしい数の玄済(げんさい)兵。その手に握られた弓が一斉に天を仰ぐ。

「射てぇ!」

 敵兵の怒号とともに、そして無数の矢の雨が、玉蓮たちを目掛けて降り注いだ。森の木々が、風もないのにざわめき、玉蓮たちの疲れた体を貫かんとばかりに、矢の雨が降る。

「っ——木の後ろへ!」

 ぴしり、と。耳元で弦の鳴るような音がした刹那(せつな)、玉蓮の左肩に、巨大な鉄槌(てっつい)で殴られたかのような衝撃が走った。

「っぐ!」

 骨にまで達したかのような矢が、彼女の身体に無理やり異物としてねじ込まれ、そこから灼けつくような熱が、一瞬で全身に広がっていく。遅れて、神経を直接引き裂くような激痛が訪れる。馬から滑り落ちる瞬間、視界が天地を失った。倒れ込んだ地面の冷たさが、熱に焼かれた肩を際立たせる。

(——左肩だ。動ける!)

 次々と飛来する矢の嵐の中、残されたわずかな兵士たちは、必死に茂みへと身を隠そうと散らばる。

 しかし、玄済(げんさい)兵の包囲はすでに完成されており、彼らに逃げ場はなかった。四方八方から迫る敵の気配。もはや、音を頼りに方角を探ることさえできない。ただ、死の匂いだけが、すぐそこまで迫っている。弓を構えた玄済(げんさい)兵たちは、ゆっくりと包囲の輪を縮め、獲物を追い詰めるかのように玉蓮たちを追い詰めていた。