その声に、玄済兵が獲物を見つけたように玉蓮に群がる。彼らの口から漏れるのは、もはや言葉ではない。ただ涎が絡んだような息遣いと、獣の唸り声。味方の死体を踏み越え、我先にと突き出してくる槍の穂先が、姫という名の金貨だけを追ってぎらついている。
玉蓮は、一瞬にして玄済兵の波に飲み込まれそうになる。
「おい、玉蓮! いい加減にしろ!」
その塊を、側面から数騎の黒い影が突き破った。朱飛隊の兵が嵐のように玄済兵の群れに突進し、一瞬にしてその包囲を切り裂く。
「俺たちも抜けるぞ。お前が死んだら、俺たちは朱飛さんに顔向けできねえんだよ!」
玉蓮にそう叫ぶ。さらには白楊の軍がそこに割り込んだ。
「くっ……抜けるぞ!」
なんとか馬を走らせ、包囲を抜けていく。
◆
後退した先で、玉蓮は周囲を見渡した。出発の時に三十騎いたはずの朱飛隊の兵は、その数を十と少しにまで減らしていた。その誰もが、深手を負っている。
「……はっ……はぁ」
玉蓮の脳裏に蘇る、「朱飛さんに言いつけてやるからな!」と、悪態をつきながら笑っていた、あの若い兵士の顔。ぎぃ、と。風に揺れる、彼の空になった鞍が軋む音だけが、やけに大きく耳に届いた。
あれほど澄み切っていた世界が、急速に元の混沌とした色と音を取り戻していく。 全身を襲う疲労と、斬りつけた肉の感触。玉蓮は、鞍から目を逸らすことができなかった。

