闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。


 その声に、玄済(げんさい)兵が獲物を見つけたように玉蓮に群がる。彼らの口から漏れるのは、もはや言葉ではない。ただ(よだれ)が絡んだような息遣いと、獣の唸り声。味方の死体を踏み越え、我先にと突き出してくる槍の穂先(ほさき)が、姫という名の金貨だけを追ってぎらついている。

 玉蓮は、一瞬にして玄済兵の波に飲み込まれそうになる。

「おい、玉蓮! いい加減にしろ!」

 その塊を、側面から数騎の黒い影が突き破った。朱飛(しゅひ)隊の兵が嵐のように玄済兵の群れに突進し、一瞬にしてその包囲を切り裂く。

「俺たちも抜けるぞ。お前が死んだら、俺たちは朱飛さんに顔向けできねえんだよ!」

 玉蓮にそう叫ぶ。さらには白楊(はくよう)の軍がそこに割り込んだ。

「くっ……抜けるぞ!」

 なんとか馬を走らせ、包囲を抜けていく。





 後退した先で、玉蓮は周囲を見渡した。出発の時に三十騎いたはずの朱飛隊の兵は、その数を十と少しにまで減らしていた。その誰もが、深手を負っている。

「……はっ……はぁ」

 玉蓮の脳裏に蘇る、「朱飛さんに言いつけてやるからな!」と、悪態をつきながら笑っていた、あの若い兵士の顔。ぎぃ、と。風に揺れる、彼の空になった(くら)が軋む音だけが、やけに大きく耳に届いた。

 あれほど澄み切っていた世界が、急速に元の混沌とした色と音を取り戻していく。 全身を襲う疲労と、斬りつけた肉の感触。玉蓮は、(くら)から目を逸らすことができなかった。