闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 地面に落ちた劉永に、敵の猛攻は止まらない。玄済(げんさい)の兵士たちは、獲物を狙う獣のように劉永に群がり、その刃を容赦なく振り下ろそうとしていた。

「確実に殺せ! あの旗は、白楊(はくよう)国・大都督(だいととく)の子、劉永だぞ!」

 敵兵の叫び声が、戦場に不気味に響き渡る。彼らの目は血走っており、狂気に満ちた光を宿していた。

「永兄様!」

 玉蓮の馬が、疾風(しっぷう)のように劉永と玄済兵の間へと割り込んだ。その(たてがみ)を激しくなびかせ、(ひづめ)で地面を蹴りながら一直線に駆け抜ける。

 玉蓮は剣を抜き放った。その切っ先が(ひらめ)くたび、金属的な音が虚空(きょくうう)に響き渡り、玄済(げんさい)兵の首が次々と宙を舞う。血飛沫が舞い、頬に降りかかる。

「ひ、姫様!?」

 ふと視界の端に、温泰(おんたい)の姿が映る。

 返り血が頬を伝う感触が、むしろ心地よかった。聞こえるのは自分の呼吸と鼓動だけ。全てが見える。剣の軌道も、血の軌跡も。まるで別の時間を生きているように。血を浴びた頬が勝手に緩んだ。

 玉蓮の周りには、瞬く間に玄済(げんさい)兵の(しかばね)が積み上がっていく。しかし、玄済側の数は圧倒的であり、次から次へと新たな兵が押し寄せてくる。

 玉蓮は、劉永にさらなる危険が及ばぬよう、彼を背後に庇いながら剣を振るい続けた。自らの紫紺(しこん)の衣が、返り血でじっとりと重くなっていく。視界の端に映るその赤黒い色は、まるで、自分が血の花と成り果てたかのようだった。

温泰(おんたい)! 永兄様に息はあるか!」

「は、はっ! か、微かですが、確かにございます!」

「永兄様を馬に乗せよ! 脱出する!」

「はっ!」

 玉蓮の声が乱戦の只中に響き渡る。温泰は素早く反応し、一人の兵士の馬に劉永を乗せる手助けをする。

「退路は、我らが確保している! 劉永隊、脱出形態を取れ!」

 玉蓮は叫ぶ。

「姫様! 姫様もお先に!」

 温泰が、玉蓮に懇願するように声を上げた。しかし、玉蓮は首を横に振る。

「よい! 私が殿(しんがり)を務める! 行くぞ!」

 彼女は馬首を巡らせ、押し寄せる玄済(げんさい)兵の波に立ちはだかる。その姿に、後退しかけていた劉永隊の兵士たちの足が止まり、再び雄叫びを上げて敵に向かっていくのが見えた。

 その時、玄済兵の中から、将軍格の男が玉蓮を指差して叫んだ。

「あれは、白楊(はくよう)の姫だぞ! 捕らえれば一攫千金だ!」