——炎。血の匂い。幼い主君の、獣のような瞳。その泥だらけの手に握りしめられていた、二つの石。決して手放そうとしなかった、魂の片割れ。それが、なぜ——。
思考が、そこで途切れた。感情が渦巻くことさえ、許されない。絶対的な事実だけが、朱飛の胸を、音もなく貫いていた。言葉にならないものが、喉を塞ぐ。
「……大切に、しろ」
掠れた声で、どうにかそう絞り出すのがやっとだった。玉蓮が紫水晶を握りしめるが、そこから視線を一瞬たりとも逸らすことができない。
「……朱飛?」
玉蓮に呼ばれ、ようやく視線を上げる。ゆっくりと焦点が定まり、目の前に玉蓮を映し出した。朱飛は呼吸を整えようと努めたが、体の奥で燻る感情が喉を締め付けた。
「玉蓮——」
なぜ、名を呼んだのか。自分でも分からない。気づけば、そのあまりにも儚く、危うい体を腕の中に閉じ込めていた。
伽羅の甘い香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。腕の中の、小さな体の温もり。それが、これまで武骨な生き方しか知らなかった自分の胸の奥に、じんわりと染み込んでいく。まるで、凍てついた大地に、初めて陽の光が差したかのように温かい。
彼女が安堵したように息を吐くのを感じる。その、あまりにも無防備な信頼が、朱飛の胸を内側から食い破ろうとする。肩に触れた玉蓮の黒髪が、はらはらと細い絹糸のように落ちていく。柔らかな感触が微かな熱を帯びて、朱飛の皮膚をじんわりと温めた。
指先が、まるでそれ自身の意志を持つかのように、彼女の髪をそっと梳く。一筋一筋、絡まることなく滑らかに指をすり抜ける髪は、この腕の中にいる彼女の存在をより鮮明に意識させる。
彼女が小さく息を呑む気配がして、そのまま抱きしめる力を強めると、玉蓮がかすかに声を漏らした。
「ん……」
熱を帯びた白い肌が触れる。さらに力を込めれば、この華奢な身体は容易く壊れてしまうだろう。
もっと強く、刻みつけるように、この腕の中に閉じ込めてしまいたい。その、獣のような衝動が、背筋を駆け上がった。朱飛は、奥歯を強く噛み締める。己の内に宿る獣を、理性の鎖で必死に押さえつける。行き場のない熱が、拳の中で震えた。
「……悪い」
唇から、掠れた声が漏れる。その声は、自分自身の感情の揺らぎを隠すように、低く、そして少しだけ震えている。
彼女が小さく首を振るのが分かる。そして、ゆっくりと持ち上げられた顔には、あまりにも澄んだ瞳があった。吸い込まれるようなその瞳に見つめられると、どうしようもなく心が乱される。だが、いつものように、その頭に手を置いた。それしか、できなかった。
彼女が、安堵したように、そっと瞳を閉じる。
「……帰るか」
それだけを静かに言うと、振り切るように彼女から身を離し、天幕に向けて歩き出した。玉蓮の足音が少し遅れて、ついてくるのを感じながら。
思考が、そこで途切れた。感情が渦巻くことさえ、許されない。絶対的な事実だけが、朱飛の胸を、音もなく貫いていた。言葉にならないものが、喉を塞ぐ。
「……大切に、しろ」
掠れた声で、どうにかそう絞り出すのがやっとだった。玉蓮が紫水晶を握りしめるが、そこから視線を一瞬たりとも逸らすことができない。
「……朱飛?」
玉蓮に呼ばれ、ようやく視線を上げる。ゆっくりと焦点が定まり、目の前に玉蓮を映し出した。朱飛は呼吸を整えようと努めたが、体の奥で燻る感情が喉を締め付けた。
「玉蓮——」
なぜ、名を呼んだのか。自分でも分からない。気づけば、そのあまりにも儚く、危うい体を腕の中に閉じ込めていた。
伽羅の甘い香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。腕の中の、小さな体の温もり。それが、これまで武骨な生き方しか知らなかった自分の胸の奥に、じんわりと染み込んでいく。まるで、凍てついた大地に、初めて陽の光が差したかのように温かい。
彼女が安堵したように息を吐くのを感じる。その、あまりにも無防備な信頼が、朱飛の胸を内側から食い破ろうとする。肩に触れた玉蓮の黒髪が、はらはらと細い絹糸のように落ちていく。柔らかな感触が微かな熱を帯びて、朱飛の皮膚をじんわりと温めた。
指先が、まるでそれ自身の意志を持つかのように、彼女の髪をそっと梳く。一筋一筋、絡まることなく滑らかに指をすり抜ける髪は、この腕の中にいる彼女の存在をより鮮明に意識させる。
彼女が小さく息を呑む気配がして、そのまま抱きしめる力を強めると、玉蓮がかすかに声を漏らした。
「ん……」
熱を帯びた白い肌が触れる。さらに力を込めれば、この華奢な身体は容易く壊れてしまうだろう。
もっと強く、刻みつけるように、この腕の中に閉じ込めてしまいたい。その、獣のような衝動が、背筋を駆け上がった。朱飛は、奥歯を強く噛み締める。己の内に宿る獣を、理性の鎖で必死に押さえつける。行き場のない熱が、拳の中で震えた。
「……悪い」
唇から、掠れた声が漏れる。その声は、自分自身の感情の揺らぎを隠すように、低く、そして少しだけ震えている。
彼女が小さく首を振るのが分かる。そして、ゆっくりと持ち上げられた顔には、あまりにも澄んだ瞳があった。吸い込まれるようなその瞳に見つめられると、どうしようもなく心が乱される。だが、いつものように、その頭に手を置いた。それしか、できなかった。
彼女が、安堵したように、そっと瞳を閉じる。
「……帰るか」
それだけを静かに言うと、振り切るように彼女から身を離し、天幕に向けて歩き出した。玉蓮の足音が少し遅れて、ついてくるのを感じながら。

