闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。



玉蓮が率いる朱飛(しゅひ)隊の三十騎は、山道を凄まじい速さで駆け抜けていく。頬を打つ冷たい風の感触。森の湿った土と木々の匂い。そして、耳に響く、馬の荒い呼吸と(ひづめ)の音。玉蓮はただ前を見据えて馬を()った。

 やがて、劉永隊の背後に出た玉蓮たちの視界が開ける。最初に目に飛び込んできたのは、折れた将軍旗に半身をもたせかけ、腹から(こぼ)れた己の内臓を、ただ呆然と押さえようとしている味方の兵士の姿。彼のすぐ横を、主を失った馬が、目に矢を受けたまま狂ったように駆け抜けていく。鉄と血、そして臓物のむせ返るような匂いが、一瞬で玉蓮の肺を満たした。

「永兄様はどこだ!」

 玉蓮は、ただ一人の名を叫ぶ。

「玉蓮、どうする?」

 玉蓮の瞳が、戦場全体を素早く見渡す。

(あれは——!?)

 敵の主力が不自然に流れていく。本陣への攻撃に見せかけ、その実、精鋭部隊が左翼(さよく)の一点——劉永が所属する将軍の旗が立つ場所——へと、吸い込まれるように集結している。

玄済(げんさい)軍の別動隊は、将軍を狙っている! きっと永兄様もそこにいる!」

 その一点を睨みつけ、叫ぶ。

「行くぞ!」

「行くって、突っ込むのか? 俺たちが行っても大した戦力にならねえぞ」

「ここからでは戦況がわからない! 場合によっては、退路を作る!」

「くそ、玉蓮、お前は本当に!」

「後で覚えておけよ。朱飛さんに言いつけてやるからな!」

 部下の一人が、笑いながら叫んだ。

「それは……怖いな」

 ふふ、と、自分でも気づかぬうちに、喉の奥で小さな息の音が漏れた。

 もう一度、ただ前だけを見据える。玉蓮は、馬の腹を蹴り上げると、劉永がいるであろう最も激しい戦場へと真っ直ぐに突っ込んでいった。仲間たちからも、次々と馬の腹を蹴る音が聞こえてきた。