闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇

 開戦から七日目の戦場は、一瞬の静寂の後、再び地獄と化した。その時、白楊(はくよう)国の総大将の本陣を目指すはずの伝令が、血だらけで隣の森から転がり込んできたのだ。その甲冑(かっちゅう)は、まさしく劉永《りゅうえい》本隊のもの。

「——待て! その甲冑、劉永隊だな」

 玉蓮の声は、戦場の音にかき消されそうになりながらも、確かに伝令の耳に届いたようで、伝令は、はっと顔を上げ、玉蓮の姿を認めると、倒れそうになりながらも、(ひざまず)く。

「はっ!」

「何があった! 詳しく申せ!」

 玉蓮の鋭い問いに、伝令は血を吐くような声で答える。

「も、申し上げます! 劉永(りゅうえい)様の所属する軍が、玄済(げんさい)大孤(だいこ)の猛攻を受け、苦戦を強いられております! 劉永様本隊も敵の大群に完全に包囲され、もはや風前の灯火にございますっ」

 伝令の声が、玉蓮の鼓膜を激しく揺さぶった。剣戟(けんげき)のどよめき、降り注ぐ矢の音、兵士たちの怒号。それら全てをかき消すかのように、ただ一つの声が玉蓮の意識を支配する。

 同時、心臓が氷の手に掴まれたかのようにきつく締め付けられ、息が詰まる。肺から空気が根こそぎ奪われたかのような苦しみに、玉蓮は思わず胸元を抑えた。

(えい)、兄様……」

 玉蓮の喉がきしむように鳴った。全身から熱が奪われていくのがわかる。次の言葉が、どうしても出てこない。

 脳裏に、かつての日々が鮮やかに蘇る。常に玉蓮の隣にいてくれた劉永の、陽だまりのような優しい笑顔。玉蓮の小さな手を包み込んだ温もり。共に見た夕陽。喉の奥が、ひりつく。

 ——復讐。その二文字が、脳で何度も繰り返される。

(姉上の無念を晴らす。そのためだけに、ここにいる。そうだ、私情に()られてはならない。でも——)

 劉永の血だらけの姿が脳裏をよぎり、腹の底からせり上がってきた嘔吐感に、玉蓮は口元を強く押さえた。

「っ……!」

 玉蓮は一瞬、奥歯を食いしばり、拳を握りしめ、次の瞬間には走り出していた。その足は、迷いなくただ一つの方向を目指す。向かう先は、赫燕(かくえん)が本営を置く望楼(ぼうろう)の上。