闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「兵士の命に重さがあるなら、あいつらは無価値か? それとも、兵士一人と村人百人、どちらが重い?」

 崔瑾(さいきん)の眉が、ほんのわずかに動いた。

(民を駒とする、その思想。憐れむべきか、あるいは、ただ憎むべきか)

 崔瑾(さいきん)は、わざとにこやかに微笑んで見せる。

赫燕(かくえん)将軍。民を戦の駒とすること、それは武人の(ほま)れではありますまい。民を守るのが武人の本懐(ほんかい)では?」

(ほま)れで飯が食えるかよ。なあ、玉蓮」

 不意に話を振られた玉蓮の肩がびくりと震えた。赫燕(かくえん)は、玉蓮の細い腰をまるで己の所有物であるかのように、見せつけるように強く抱き寄せる。

 その肩が、ほんのわずかに震え、伏せたままの睫毛が静かに揺れたが、玉蓮は自分を抱き寄せるその腕に自らの手をそっと重ねる。

「こいつは白楊(はくよう)の公主だ。こいつの価値は、兵士何人分だ? 崔瑾(さいきん)殿、あんたはどう見る?」

「公主の価値を私ごときが測るなど、(おそ)れ多いことです。加えて、人の価値を人の命の数で測ること自体、理解に苦しみます」

 赫燕(かくえん)の挑発ということはわかっていても、その言葉に明確な拒絶を込めた。しかし、赫燕(かくえん)はそれを気にする素振りも見せず、むしろ口元に笑みを浮かべている。

「ほう。だが、考えてみるといい。この女が、どれほどの兵力を生み出すか。あるいは、失わせるか、をな」

 その下劣な挑発に、声を荒げたのは劉永だった。

赫燕(かくえん)将軍! いい加減にされよ! 公主に対し、無礼であろう!」

 怒声とともに拳が机を打ちそうなほど震え、顔には怒りの朱が差していた。

(劉家の若獅子が、牙を()いたか。あの赫燕(かくえん)を前に、一歩も引かぬとは)

「劉家の坊っちゃんは、随分とこの女にご執心らしいな」

 赫燕(かくえん)は、劉永のことを見もせず、ただその愉悦に満ちた視線をこちらに向けている。