闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 崔瑾(さいきん)はあくまで穏やかに微笑みながら、さらに言葉を続けた。

「貴国、大都督(だいととく)劉義(りゅうぎ)殿の学び舎に、類稀(たぐいまれ)なる美しき姫君がおられるという噂は、遠く玄済(げんさい)においても、まことしやかに囁かれておりました。お目にかかることができ、この上なき光栄に存じます」

 その時だった。玉蓮の首筋に、赫燕(かくえん)の大きな手がまるで所有印を刻むかのように置かれ、その親指が肌をゆっくりと撫でたのだ。

 崔瑾(さいきん)の視界の端で、劉永の拳が白くなるのが見えた。彼のまなじりに、激しい感情が滲んでいるのは、誰の目にも明らかだったが、赫燕(かくえん)は意にも介さず、その視線をこちらへと向けてきた。

崔瑾(さいきん)殿。あんたは、随分と女に優しいらしいな。こいつが白楊の公主だからか?」

 その挑発的な言葉に、崔瑾(さいきん)は表情を変えず、ただ静かに返す。

「いえ。ただ興味深い、と。それだけです」

 赫燕(かくえん)も同様に崔瑾(さいきん)をその感情の読み取れない目で見つめ返した。

「まさか、赫燕(かくえん)将軍にまで捕虜交換の会談の場にお越しいただけるとは」

 崔瑾(さいきん)の言葉に、赫燕(かくえん)は口の端を吊り上げた。

「あんたこそ。目的がなけりゃ、こんな退屈な盤面を覗きにも来ねえだろ」

「……と、おっしゃいますと?」

「価値のある駒が盤上にある。値踏みに来たんじゃねえのか?」

 赫燕(かくえん)の視線が、一瞬だけ、隣の玉蓮に流れた。その言葉と視線に、己の眉が、初めて微かに動く。

 赫燕(かくえん)は、ふ、と息を漏らす。

「さて、化かし合いを始めるか」

 そう呟くと、悠然と席についた。