「公主におかれましては、遠路はるばる、足をお運びいただき、恐縮至極(きょうえつしごく)に存じます。まさか、白楊(はくよう)の華と(うた)われる貴女(あなた)様に、このような最前線の地までお越しいただけるとは、夢にも思っておりませんでした」

 崔瑾(さいきん)は丁寧に、柔らかい声でそう告げた。その時、玉蓮の、完璧な微笑みが、ほんのわずかに揺らぐのを、崔瑾(さいきん)は見逃さなかった。

 ただ、次の瞬間には、彼女は絵画から抜け出したような微笑みをその顔に宿す。その微笑みは、まるで暗闇の中でまっすぐに佇む一輪の大輪の白菊のように、儚くも圧倒的な美しさを(たた)えている。

崔瑾(さいきん)殿、ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。白楊(はくよう)の華など、過分なお言葉です。加えて……世に知れ渡っているは、月貌華(げつぼうか)詩歌(うた)の方でしょう」

 視線を少し下げたまま、玉蓮は囁くように告げる。その声は、まるで銀の鈴を鳴らすかのように凛としていながら、どこか湿り気を帯びた響きを持っている。それを聞いた瞬間、崔瑾(さいきん)は、自分がほんの一瞬だけ、交渉の場にいることを忘れかけていたことに気づき、拳に力を込める。

 崔瑾(さいきん)は、穏やかな笑みを崩さなかった。


 ——北天(ほくてん)白菊(はくきく) 月貌(げつぼう)()
  (北の空に咲く白菊は、月のように美しい顔を持つ華である)

 噂に違わぬ、凄絶(せいぜつ)なまでの美しさ。周りの兵たちの、息を呑む気配が伝わってくる。だが、この詩歌(うた)には続きがある。


 ——霜輝(そうき)凜冽(りんれつ) (しょう)人心(じんしん)

   焚尽(ふんじん)英雄(えいゆう) (こん)()(はく)

   猶如(ゆうじょ)飛蛾(ひが) 競撲(きょうぼく)()


 英雄の魂さえも焼き尽くす。まさに、それだ。ただ美しいだけではない。その完璧な微笑みの下に、憎しみが込められた冷徹な光と、決して屈することのない、(はがね)のような意志を隠している。

 そして、男たちは、その危うさにこそ惹きつけられるのだ。身を滅ぼすとわかっていても、火に飛び込む()のように。赫燕(かくえん)と並び立つその姿は、もはや人の世のものではない。ただそこにいるだけで、この場の全ての男たちの理性を麻痺させるほどの美貌。