◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇

 崔瑾(さいきん)は、ゆったりと一礼をする。

「玄済国・大都督(だいととく)を務めております、崔瑾(さいきん)と申します」

 崔瑾(さいきん)はまず、赫燕(かくえん)に視線を投げた。白楊(はくよう)国王までもが心酔していると言われる風采(ふうさい)を持つ、赫燕(かくえん)。その姿は、確かに獣のように猛々(たけだけ)しく、それでいて人の目を惹きつけるような妖艶(ようえん)な美しさを兼ね備えている。

 揺らめく双眸(そうぼう)は見る者によっては魅了され、その冷徹な光の奥に潜む底知れぬ深淵(しんえん)が、人の心を捉えて離さないのだろう。

 不遜(ふそん)にも、王族の色である紫紺(しこん)色の衣を纏う男は、まるで周囲の緊張感を愉しんでいるとでも言いたげに不敵に見下すようにして口元に笑みを浮かべている。

 だが、その美しくどこまでも冷たい(かんばせ)に、崔瑾(さいきん)は、脳のどこかが、ちりりと(しび)れるような、奇妙な既視感を覚えた。この瞳の色。人の心を凍らせるような気配。微かに漂う、伽羅(きゃら)の香。必死に記憶の糸をたぐり寄せれば、なぜか王都・呂北(ろほく)の影が一瞬だけ、陽炎(かげろう)のように揺らめいた。

 手を合わせ、その袖で隠れた後ろで、崔瑾(さいきん)はほんの少し眉を(ひそ)める。しかし、すぐに脳裏をよぎるその違和感を、意識の外に押し込めるように努めた。今は、この場での己の役割を全うすることに集中すべきだ、と。

 そして、子睿(しえい)劉永(りゅうえい)に順に一礼すると、その視線を、ごく自然に赫燕(かくえん)の隣に立つ玉蓮(ぎょくれん)へと移す。揃いのように、赫燕(かくえん)と同じように紫紺(しこん)の衣を身に纏っている。

 崔瑾(さいきん)は両手を合わせて、(うやうや)しく玉蓮に向かって頭を下げる。