翌朝、起きて直ぐ食堂に向かった。理由は単純。腹が減ったからだ。昨日、管理人から言われたのは「基本的に生活は出来るようにしてあります。インターネットや大浴場など色々揃っていますので自由に使ってくれて構いません。後、お食事は全て食堂に用意しておりますので、朝は8時、夜は19時までには席に座っておいてください」と。だが、食堂に着くと俺のだけなかった。ただ、あの2人は既に食べ始めていた。
「おはようございます。森様。どうぞおかけください。座れば料理が出てきますので」
「驚かすなよ!まぁ、良い。本当か?」
「ええ」
信じて座ったら本当に料理が出てきた。しかも俺が望んだ、ホテルで出てきそうな豪華な洋食。フレンチトーストは有名店のもの、ウインナーやスクランブルエッグも美味しそうな見た目をしている。この館のシステムに怖さと不思議さを感じた。なんでこの館は周りを森で囲われているのにインターネットが使えるのか、そしてこの近未来的?なシステム、そして何より昨日、なんで此処に来たのかを思い出せなくなっていた。
「おはようっす!大輝さん!これうまいっすよ!」
「愛菜。食べながら話さないで」
鈴木さんが笑顔で言ったが、それは偽の笑顔に見えた。武田君は昨日と変わらず無愛想に見えたが、昨日とは違って周りをキョロキョロするなど警戒していた。
「すいませんっす…。でも、先輩も食べながら喋っているっすよね!?」
「僕はもう飲み込んだんだ!君みたいにマナーが欠如はしていない!」
「はぁー?なんすか!?」
朝からこれは苦しかったが、鈴木さんの言葉を信じて一口食べてみた。スクランブルエッグは俺の好きな柔らかめ、フレンチトーストは砂糖がふんだんに使われていてかなり甘めに見えるが、見た目程甘くはなかった。
「美味しい!」
思わず声に出してしまった。その言葉に管理人は「良かったです」と一言。
だが、ヨーグルトを食べた瞬間、鈴木さんがニヤリと笑った。何か企んでいる顔に見えた。その数秒後に強烈な吐き気に襲われた。
「ウェッ!」
…、吐いてしまった。そこから何度も吐いた。だが、何度吐いても吐き気が治らず、気持ち悪いのだけが残った。
「それはアタシが仕込んだ毒っすよ!解毒はアタシ以外出来ない!」
急に強烈な睡魔に襲われてた。鈴木さんの言葉が聞こえる。気持ち悪い…。眠い…。気持ち悪い…。眠い…。2つの波が押し寄せて頭がおかしくなりそうだった。波が深かったのは眠気の方だったらしく、眠りについてしまった。

「…いき、大輝!起きてよ!」
誰かに体を揺すられて目を開けた。周りを見渡すと、いつの間にか部屋に戻っていて、眠気も吐き気も無い。夏華が居て、俺を起こしてくれる。いつもと変わらない光景が目の前には広がっていた。
「本当に夏華なの?」
「うん。そうだよ。そんな疑うなんて君は恋人の言葉を信じられないのか?」
なんて言われたが信じられるわけない。なんでって?俺は夏華に此処に行くことを伝えていなかったからだ。…、とりあえず何か質問してみることにした。
「誕生日は?」
「8月28日」
その後、質問を重ねた結果、本物の夏華だと判かった。途中で覚えていない初夜の話を長々と聞かされたが…。まぁ、そんなのどうでもいい。珍しいこともあるんだなと思っていると彼女が「久しぶりにハグしようよ」と言って、自分の心音を聴かせながらハグしてきた。なんで心音を聴かせるのか?と思ったが、疑問は直ぐに消えた。

「ねぇねぇ、キスしよ?」
その後、キスを迫られた。夏華の頼みはどうしても断れなくて、こうして誘われたことに喜びながら口付けをした。彼女の唇は柔らかく、仄かに何処からか桃の香りがして、それもあってか、ずっとしていたいと思った。
「ッ!」
舌を入れられた。さっきのキスより夏華を感じられた。頭が段々と白く染まっていって、もう頭にはキスしか無かった。彼女が俺を求めてくれるだけで嬉しかった。
「はい、おしまい。またしてあげるから。待っててね?」
夢みたいな時間が終わってしまった。瞬間、顔に何かをかけられた。目を瞑って匂いを嗅ぐとレモンの香りがした。それで脳が鮮明になった。
「分かった…」
彼女の言うことなら聞くしかなく、もう少しキスをしていたい欲求を無理やり抑えて込んで頷いた。

夕飯までの時間ではゲームをしたり、2人でデートした思い出話を語り合ったりキスをしたり、
夕飯になり、食堂に向かうと鈴木さんと武田君が興奮冷め止まぬ様子で互いに話していた。
「大輝さん、今朝はすみませんでした!」
鈴木さんが俺を見掛けたら直ぐに土下座をしてきた。どう返せば良いのか分からなかったから、「だ、大丈夫だよ。そんな真剣にならなくて…」とだけ返した。
「すみません!」
一瞬、頭を上げたものの、鈴木さんはまた土下座をした。俺は困惑した。もうなんの言葉も思いつかない。
「ねぇ、愛菜。いきなりそんなことしないで。森さんが困っているの分からないの?…、ごめんなさい、森さん。こいつこんな感じなんですよ。許してやって下さい」
「分かったよ」
武田君に言われたため、ひとまず納得する。
「こんな感じってなんすか!?」
「お前がバカだなって」
「だったら先輩だってバカっすよ!」
「ふざけんな!」
その言葉を聞いた武田君はもの凄い勢いで鈴木さんの頭を床に押し付けていた。出血していないか、心配になった。
「ねぇ、武田君。鈴木さん大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。怪我をさせる威力は出せませんし、これはちょっとしたお仕置きなので」
その言葉に一抹の不安を覚えたが、当の本人が大丈夫だというなら大丈夫だろう。
「それで何があったの?」
「母さんが僕の前に現れたんです!」
「アタシも殆ど先輩と一緒っす。ただ、アタシは親友なんすけどね」
武田君から解放された鈴木さんが顔を上げた。そこで出血がないことを確認出来たため、一安心した。驚いた。2人も俺と同じ状況だとは。なんで同じ状況なのかを不思議に思った俺は2人に「2人ともこの館に呼ばれた理由は覚えている?」と質問した。彼らの返事は想定内だった。「覚えていない」。これも同じ状況だった。しかも、大切な人が何故此処に居るのかを分かっていないのも同じだ。だが、俺は内心でこのままで良いと思った。此処にいればもう居ない夏華と生活出来るから。…?なんで俺は夏華をもう居ない《《夏華をもう居ない》》と認識しているんだ?…、まぁいいか。
そこから俺達は其々の大切な人との思い出話を語りあった。俺は、その話の中で母親と遊んだ記憶や、今も交流がある高校からの友人を思い出した。そんな感じで久しぶりに色々思い出した。色々と誰かと話したのは久しぶりな気がする。
俺は楽しい気分のまま就寝した。