焼き鳥屋に到着すると、店内は金曜日の夜というのもあってほとんど満席状態だった。
店員の「カウンターでも良いですか」という問いに、翔太くんは元気よく「はいっ」と答え、僕たちはカウンター席に案内された。
「あの、春馬さんって、今何歳ですか?」
乾杯をしてすぐに翔太くんが尋ねてきた。
ビールをぐびぐびっと飲んだ翔太くんは、口の周りについた泡を指で拭っていた。
「えっと、僕は28ですね。今年29になります」
「へえ〜!勝手に23か24歳くらいかと思ってました。めっちゃ若くないっすか」
「いや、そんなことは無いかと……どうだろう。実年齢より若く見られがちではありますが、ははは」
実際、25歳を過ぎるまではよく年齢確認をされていたし、若く見えやすいタイプなんだと思う。
「俺、いつも弁当屋で会う度に何歳だろって思ってましたよ」
翔太くんが美味しそうに唐揚げを頬張りながら笑った。
「恥ずいんですけど、なんか髪もサラサラだし、色素も薄いし、すっごい綺麗な人だなあ〜って思ってました。それに、こんなに眼鏡が似合う人いるんだって思って」
「いやいや、ほんと。全然そんなことないですよ」
目の前で一方的に憧れていた相手に褒められながら空腹に酎ハイを流し込んだせいか、思考がいつもよりも開放的になっている感じがする。
「俺、最初ガン見しちゃいましたもん。俺の周りには絶対いない綺麗なタイプだったんで」
「ほんとに、褒めても何も出せないですって。はは……」
こんなに翔太くんに外見を褒められるなんて思わなかったから、急に恥ずかしくなって、顔に熱がどんどん集まってくる感じがする。
僕は顔に集まる熱を下げようと、ごくごくと一気に酎ハイを喉に流し込んだ。
「でも僕は翔太くんのこと、何ていうか、その……かっこよくて純粋に憧れますね」
「えっ?そうっすか?」
信じられないとでも言うように、翔太くんは目をぱっちりと開いた。
「強そうだし、ジャージ姿もかっこいいし、すごく……モテそう」
僕がそう言うと、翔太くんはぶんぶんと首を横に振った。
その瞬間、耳元につけていたピアスがきらりと店の照明を反射させた。
日焼けした肌によく馴染んだ、金色のピアスだった。
翔太くんの見た目は、僕と違って全体的に夏っぽい。
真っ黒な髪だけど短く切ったツーブロックの髪に、こんがりと日焼けした肌。
僕の薄っぺらいだけの身体と違って、翔太くんは細く引き締まった筋肉質な身体をしている。
それに、八重歯が見える笑顔と優しく垂れ目がちな目が人懐こさを感じさせるけど、スッと整った眉が全体的に男としての格好良さを醸し出している。
だから僕は、翔太くんは笑顔が甘くて、すごく色っぽい男性だと勝手に思っている。
「んまあ、俺もあと2〜3年したら30歳なんで、そのうちおじさんの仲間入りですよ」
翔太くんは困ったように笑いながら言った。
「それより、春馬さんは何のお仕事してるんすか?」
翔太くんの純粋な質問だった。
「えっと……実は僕、大学院生で。去年フルタイムでの仕事を辞めて、今は大学の非常勤をしたり、研究の補助をしたりして、なんちゃって社会人をしてますね……」
なんちゃって社会人。
この言葉は今の自分にはしっくり来る。
30歳前なんて、世間的にはそれなりに昇給したり、昇進したりする頃だ。
なのに僕は研究者になりたいって夢だけで、もうすぐ30歳なのに世間とはかけ離れた生き方をしてしまっている。
今更になって、自分には高すぎた目標だったのかも……なんて思ってしまう日だってある。
「えっ……、じゃ教授になるってことっすか」
翔太くんが何かを閃いたような表情で言った。
「ははっ、いきなり教授になるのは無理かな。将来的には研究をバリバリできる教授になりたいですけどね」
「へえ〜、じゃあ今は夢を追ってる最中ってことっすよね。うわあ、めっちゃ良いすね」
翔太くんはビールをグッと飲みながら嬉しそうに言った。
「まあ、一応そんな感じですね。翔太くんは?」
翔太くんを見かける時はいつもジャージ姿だったから、スポーツに関係するお仕事でもされているのだろうと前々から予測していた。
ジムのトレーナーさんとか、何かのスポーツの先生とか、何だったとしても似合う。
「あー、俺はサッカー選手っすね」
「えっ?サッカー選手?」
「そっす。高校卒業してからずっとプロとしてサッカーで飯食ってます」
驚いた。
まさかプロのサッカー選手だとは思わなかった。
そりゃあ、弁当屋でも見かけた時にでもあれだけ輝いているわけだ。
「元々、サッカー選手を目指してたって感じですか?」
「はい、チビの頃からサッカー選手になるぞーっと思って生きてました。でも勉強そっちのけだったので、頭は悪いんすけど。はは……」
翔太くんの言葉を聞いた瞬間、背筋がゾクっとした。
小さい頃からの夢を叶えた人間は実際に存在するのだと現実を突きつけられて、興奮や好奇心やら尊敬やら、あらゆる感情がガツンと揺さぶられる。
「あ……の。叶わないって、思ったことはないの……ですか」
今抱えている僕自身の悩みを重ねて、僕は恐る恐る尋ねた。
わずかな緊張と期待で舌がもつれそうになる。
「え?はい。だって、サッカー選手になるって思って生きてたんで」
頭の中が痺れる。
ビリビリと微弱な電流を流されたように、快感と不快感が同時に襲ってくる。
「でもっ、そんな夢を叶えるのって、ごく一部の恵まれた人だけっていうか、ほんのひと握りじゃないですか?翔太くんは、やっぱり才能に恵まれていて、すごく良い環境で育ったって感じですか?」
僕が研究者を目指す心が折れそうになっている時に、目の前に現れた夢を叶えた翔太くん。
夢を叶えるまでどんな気持ちで過ごしたのか、心が折れたことはないのか、どうしたら夢が叶うのか、翔太くんの口から聞きたいと思うのに、自分の弱い心がそれの邪魔をする。
本当は初めから特別な存在だったんじゃないのかって、卑屈な考えも同時に浮かんでくる。
だってこんなに見た目も良い人間が、もしすごく努力をして夢を叶えていたら魅力的すぎる。
きっと僕は翔太くんを知りたいって気持ちに歯止めが効かなくなる。
僕はかけていた眼鏡をクイっと直してから、空になったグラスから氷を1つ口に含ませて噛んだ。
店員の「カウンターでも良いですか」という問いに、翔太くんは元気よく「はいっ」と答え、僕たちはカウンター席に案内された。
「あの、春馬さんって、今何歳ですか?」
乾杯をしてすぐに翔太くんが尋ねてきた。
ビールをぐびぐびっと飲んだ翔太くんは、口の周りについた泡を指で拭っていた。
「えっと、僕は28ですね。今年29になります」
「へえ〜!勝手に23か24歳くらいかと思ってました。めっちゃ若くないっすか」
「いや、そんなことは無いかと……どうだろう。実年齢より若く見られがちではありますが、ははは」
実際、25歳を過ぎるまではよく年齢確認をされていたし、若く見えやすいタイプなんだと思う。
「俺、いつも弁当屋で会う度に何歳だろって思ってましたよ」
翔太くんが美味しそうに唐揚げを頬張りながら笑った。
「恥ずいんですけど、なんか髪もサラサラだし、色素も薄いし、すっごい綺麗な人だなあ〜って思ってました。それに、こんなに眼鏡が似合う人いるんだって思って」
「いやいや、ほんと。全然そんなことないですよ」
目の前で一方的に憧れていた相手に褒められながら空腹に酎ハイを流し込んだせいか、思考がいつもよりも開放的になっている感じがする。
「俺、最初ガン見しちゃいましたもん。俺の周りには絶対いない綺麗なタイプだったんで」
「ほんとに、褒めても何も出せないですって。はは……」
こんなに翔太くんに外見を褒められるなんて思わなかったから、急に恥ずかしくなって、顔に熱がどんどん集まってくる感じがする。
僕は顔に集まる熱を下げようと、ごくごくと一気に酎ハイを喉に流し込んだ。
「でも僕は翔太くんのこと、何ていうか、その……かっこよくて純粋に憧れますね」
「えっ?そうっすか?」
信じられないとでも言うように、翔太くんは目をぱっちりと開いた。
「強そうだし、ジャージ姿もかっこいいし、すごく……モテそう」
僕がそう言うと、翔太くんはぶんぶんと首を横に振った。
その瞬間、耳元につけていたピアスがきらりと店の照明を反射させた。
日焼けした肌によく馴染んだ、金色のピアスだった。
翔太くんの見た目は、僕と違って全体的に夏っぽい。
真っ黒な髪だけど短く切ったツーブロックの髪に、こんがりと日焼けした肌。
僕の薄っぺらいだけの身体と違って、翔太くんは細く引き締まった筋肉質な身体をしている。
それに、八重歯が見える笑顔と優しく垂れ目がちな目が人懐こさを感じさせるけど、スッと整った眉が全体的に男としての格好良さを醸し出している。
だから僕は、翔太くんは笑顔が甘くて、すごく色っぽい男性だと勝手に思っている。
「んまあ、俺もあと2〜3年したら30歳なんで、そのうちおじさんの仲間入りですよ」
翔太くんは困ったように笑いながら言った。
「それより、春馬さんは何のお仕事してるんすか?」
翔太くんの純粋な質問だった。
「えっと……実は僕、大学院生で。去年フルタイムでの仕事を辞めて、今は大学の非常勤をしたり、研究の補助をしたりして、なんちゃって社会人をしてますね……」
なんちゃって社会人。
この言葉は今の自分にはしっくり来る。
30歳前なんて、世間的にはそれなりに昇給したり、昇進したりする頃だ。
なのに僕は研究者になりたいって夢だけで、もうすぐ30歳なのに世間とはかけ離れた生き方をしてしまっている。
今更になって、自分には高すぎた目標だったのかも……なんて思ってしまう日だってある。
「えっ……、じゃ教授になるってことっすか」
翔太くんが何かを閃いたような表情で言った。
「ははっ、いきなり教授になるのは無理かな。将来的には研究をバリバリできる教授になりたいですけどね」
「へえ〜、じゃあ今は夢を追ってる最中ってことっすよね。うわあ、めっちゃ良いすね」
翔太くんはビールをグッと飲みながら嬉しそうに言った。
「まあ、一応そんな感じですね。翔太くんは?」
翔太くんを見かける時はいつもジャージ姿だったから、スポーツに関係するお仕事でもされているのだろうと前々から予測していた。
ジムのトレーナーさんとか、何かのスポーツの先生とか、何だったとしても似合う。
「あー、俺はサッカー選手っすね」
「えっ?サッカー選手?」
「そっす。高校卒業してからずっとプロとしてサッカーで飯食ってます」
驚いた。
まさかプロのサッカー選手だとは思わなかった。
そりゃあ、弁当屋でも見かけた時にでもあれだけ輝いているわけだ。
「元々、サッカー選手を目指してたって感じですか?」
「はい、チビの頃からサッカー選手になるぞーっと思って生きてました。でも勉強そっちのけだったので、頭は悪いんすけど。はは……」
翔太くんの言葉を聞いた瞬間、背筋がゾクっとした。
小さい頃からの夢を叶えた人間は実際に存在するのだと現実を突きつけられて、興奮や好奇心やら尊敬やら、あらゆる感情がガツンと揺さぶられる。
「あ……の。叶わないって、思ったことはないの……ですか」
今抱えている僕自身の悩みを重ねて、僕は恐る恐る尋ねた。
わずかな緊張と期待で舌がもつれそうになる。
「え?はい。だって、サッカー選手になるって思って生きてたんで」
頭の中が痺れる。
ビリビリと微弱な電流を流されたように、快感と不快感が同時に襲ってくる。
「でもっ、そんな夢を叶えるのって、ごく一部の恵まれた人だけっていうか、ほんのひと握りじゃないですか?翔太くんは、やっぱり才能に恵まれていて、すごく良い環境で育ったって感じですか?」
僕が研究者を目指す心が折れそうになっている時に、目の前に現れた夢を叶えた翔太くん。
夢を叶えるまでどんな気持ちで過ごしたのか、心が折れたことはないのか、どうしたら夢が叶うのか、翔太くんの口から聞きたいと思うのに、自分の弱い心がそれの邪魔をする。
本当は初めから特別な存在だったんじゃないのかって、卑屈な考えも同時に浮かんでくる。
だってこんなに見た目も良い人間が、もしすごく努力をして夢を叶えていたら魅力的すぎる。
きっと僕は翔太くんを知りたいって気持ちに歯止めが効かなくなる。
僕はかけていた眼鏡をクイっと直してから、空になったグラスから氷を1つ口に含ませて噛んだ。



