「いい朝ね! 今日は平和でいい一日になりそう!」
レジーナは家の外に出ると、一面に広がる雪景色に目を輝かせた。
軽く息が上がるまで歩いてから帰宅すると、トーマスが心配そうに声をかけてきた。
「レジーナ、昨日の男は誰なんだ……」
「パパを助けてくれた人よ、ハンカチを渡しにきてくれたの」
「パパはお前のことが心配なんだ……それに先日から浮遊船係留アンカーで何を——」
「大丈夫よ、パパはいつも通りにして。今すぐ何か起きたりしないわ」
レジーナは腕組みをして、自信たっぷりに言う。
が、その途中、
「——!」
轟音が鳴り響き、庭を黒い影が覆った。
何事かと思って窓の外を見ると、黒光りする小型の浮遊船が着陸してくるところだった。
レジーナは部屋の外へ飛び出していく。
「レジーナ! 王立魔法大学の大学費と寮費を払え! 契約書は無効なんだー!」
浮遊船から出てきたのは、元婚約者のアトミオス王子だった。
「いかなる例外があろうとも全額を支払うって、契約書を渡してきたでしょうが!」
レジーナは反論すると、アトミオス王子も応戦してきた。
「ママが無効といったら無効なんだ! 魔力ゼロのフルーダーが生意気だ!」
「そうね、魔力もないか弱い女だものね。ところで、この庭はクレオコール家の所有地よ」
「それがどうした!」
「雪で何もない場所だけど、無断での立ち入りは禁止よ?」
レジーナが足元の雪を蹴りながら答えると、雪の中から赤いロープと箱が出てきた。
箱を開けて煙筒を取り出し、赤いロープを手にする。
「ギャハハハハ!」
アトミオス王子は高笑いしている。
「こんな荒れ果てた雪原が、所有地だって? ふん、家ごと魔法で吹き飛ばしてやるさ!」
アトミオス王子は右手をレジーナに向けた。魔力がこもり、手のひらに青白い光が溜まる。
レジーナは溜め息をついて静かに言う。
「王立条例第995条、国民は自分の生命と財産を守る権利がある」
「995条? ふん、そんなもの僕は知らない!」
「王立条例は、貴方たち王族が定めたものよ?」
「守れるものなら守ってみるがいい!」
「あらいいの? フルード式魔道具だって、船を飛べなくさせるぐらい、余裕よ?」
レジーナがロープを引っ張ると、足元から巨大なケーブル付きアンカーが放たれた。
それは浮遊船を飛び越え、地面へ突き刺さる。
一本、二本、三本……。
続々と追加のアンカーが飛び出し、アトミオス王子の浮遊船にケーブルが巻きついていく。
その数は合計、五本。
店の倉庫に眠っていた旧式のフルード式魔道具「浮遊船係留アンカー」。
本来は悪天候時に、浮遊船を固定するためのものだ。
錆びついたケーブルを磨き直し、ロープを引っ張れば連動して起動できるように改造した。
地上に戻された翌日から、レジーナは今日の出来事を予想して準備していたのだ。
「三矢の教えって知ってる? 一本なら弱い矢でも、三本にもなれば強いのよ」
これは五本だけどね、とアンカーを見上げながら笑う。
「魔力ゼロが使うフルード式魔道具だって、これぐらいはできるわ」
レジーナはルキアスからもらった発煙筒を三本とも着火して地面に投げていく。
赤い煙が空に上る。これは魔物が出現した際の救援用なので、催涙効果も持っている。
「魔法も使わずフルード式魔道具で原始的なケーブルなんて卑怯だぞ! ——ゴホゴホッ!」
煙でむせたアトミオス王子は、涙目になって咳き込む。
その拍子に魔法の起動は止まってしまったようだ。
レジーナは溜め息をついてアトミオス王子の前に立つ。その手元にはバケツがあった。
「魔力ゼロでも正当防衛するぐらいの知能はあるの。頭を冷やしましょう」
アトミオス王子の頭上に、バケツをひっくり返して冷水をぶっかける。
冬場に屋外で放置していたものなので、表面は氷が張っていていかにも冷たそうだ。
「ピキャー! ママー!」
アトミオス王子は情けない声をあげて、ガタガタ震え出した。
「雪の中を転がりなさい、その方が寒くないわよ。
レジーナは、哀れな婚約者を見下ろして笑う。
その足元では、むせながら雪の上を転げ回る哀れな男が泣き喚いていた。
やがて、その泣き声を裂くように風が鳴り——空が赤く瞬く。
辺境騎士隊の白い浮遊船が、赤い魔石をパトカーのように光らせながら上空に姿を現した。
煙を見て駆けつけたのだ。
アトミオス王子は驚愕に目を見開く。
「ボクを罠にはめたなー! ママに言ってやるー!」
「ほら、あなたの迎えが来たわよ。助けてもらいなさい」
白い浮遊船からロープが垂れ、辺境騎士たちが次々に降りてくる。
「レジーナ様、なにごとですか⁉︎ 火事かと思ったら、何ですか、この浮遊船は?」
「急に家に乗り込んできて、我が家を壊すって脅してきたの。怖かったわ。助けてくださる?」
「そうですな、いくら王族といえども、所有地を無断で荒らしたり壊すのはいけませんな」
辺境騎士は、寒さで震えて泣き叫んでいるアトミオス王子を気味悪そうに拘束する。
「ほら立て。一体何考えてるんだあんたは」
「ママが……ママがー!」
「……寒さでやられちまったのか?」
一人の辺境騎士が、レジーナに近付いてくる。
彼の関心はケーブルで固定された、アトミオス王子の浮遊船に向けられているようだ。
「こいつはかなり旧式ですね……今すぐ運び出すのは難しい」
「え! 持っていってくれないの?」
「ちょっと考えますが、なんとかします。大丈夫ですよ」
「タダで処分できるならなんでもいいわ! ありがとう!」
レジーナは笑顔で、うやうやしくスカートを手に持ってお辞儀をした。
辺境騎士は少し赤面して敬礼した。
「すごいなこのケーブルは」
「自分も家に欲しいです」
辺境騎士たちが、アトミオス王子の浮遊船を拘束したケーブルを見ながら、
「騎士隊にあると魔物討伐に便利そうだ」
と賞賛の声を上げているのが聞こえる。
「浮遊船は冒険者ギルドに移送してもらうので、この不埒な男は我々のほうで処理します」
「寒いようー、あー、死んじゃう。ママー!」
「まったく! 王子が公爵令嬢の家を襲撃なんて、王国の大スキャンダルですよ!」
レジーナは騎士に礼を述べる。
「ありがとう、騎士様。あ、そうだ、ちょっと待ってて」
レジーナは何かを思い出したように家に戻る。
物陰に隠れていたトーマスが頭を出そうとするので、
「ダメ!」
と身振りで示す。
それから、焼酎を持って庭に引き返してきた。
「騎士さんたち、よかったらこれ皆さんで飲んでね。お酒よ」
レジーナは、一同に酒瓶を渡す。
「ありがとうございます…これは?」
水のように透き通った酒に、騎士たちは驚きを隠せないでいる。
「前世の記憶で……じゃない、私が作った東の国のお酒です。」
「おお、白ワインのように綺麗な色ですな……」
「長期熟成だから美味しいわ。飲むと燃えるように熱いから寒い日にはぴったりよ」
「それは素晴らしい! 今日みたいな日にぴったりですな!」
辺境騎士たちの間にざわめきが広がる。
「聞いたことないぞ、長期熟成?」
「焼酎って何だ? 魔法か?」
「高級品じゃないのか」
レジーナは笑顔で辺境騎士たちに手を振った。
「私はか弱くて何もできない魔力ゼロの女だけど、作るのだけは得意なの。じゃあね!」
辺境騎士たちは白い浮遊船に乗り込むと、窓の外に目を眺めた。
地上では、レジーナが笑顔で手を振っている。
「あの子は、何者なんだ……浮遊船を魔力もないのに動けなくするとは」
隊長が言葉を漏らすと、一人の騎士がそっと耳打ちをしてきた。
「あの娘、絶対に怒らせたらまずいタイプですよ」
「ああ」
「王族に素手で立ち向かうとか、我々騎士よりも度胸があります」
「そうだな……とはいえこの酒は、流石に普通の酒だろう……」
「隊長、見た目は神秘的なぐらい透明ですが、酒は酒です。ワインやエールと同じですよ」
騎士たちは酒瓶を見て笑いあった。
後に、王国中で高値で売買されることになる超高級酒、
『レジーナ王女の救国焼酎・長期熟成五年』
の試作品をタダで手にしたことを、彼らはまだ知らない。
レジーナは家の外に出ると、一面に広がる雪景色に目を輝かせた。
軽く息が上がるまで歩いてから帰宅すると、トーマスが心配そうに声をかけてきた。
「レジーナ、昨日の男は誰なんだ……」
「パパを助けてくれた人よ、ハンカチを渡しにきてくれたの」
「パパはお前のことが心配なんだ……それに先日から浮遊船係留アンカーで何を——」
「大丈夫よ、パパはいつも通りにして。今すぐ何か起きたりしないわ」
レジーナは腕組みをして、自信たっぷりに言う。
が、その途中、
「——!」
轟音が鳴り響き、庭を黒い影が覆った。
何事かと思って窓の外を見ると、黒光りする小型の浮遊船が着陸してくるところだった。
レジーナは部屋の外へ飛び出していく。
「レジーナ! 王立魔法大学の大学費と寮費を払え! 契約書は無効なんだー!」
浮遊船から出てきたのは、元婚約者のアトミオス王子だった。
「いかなる例外があろうとも全額を支払うって、契約書を渡してきたでしょうが!」
レジーナは反論すると、アトミオス王子も応戦してきた。
「ママが無効といったら無効なんだ! 魔力ゼロのフルーダーが生意気だ!」
「そうね、魔力もないか弱い女だものね。ところで、この庭はクレオコール家の所有地よ」
「それがどうした!」
「雪で何もない場所だけど、無断での立ち入りは禁止よ?」
レジーナが足元の雪を蹴りながら答えると、雪の中から赤いロープと箱が出てきた。
箱を開けて煙筒を取り出し、赤いロープを手にする。
「ギャハハハハ!」
アトミオス王子は高笑いしている。
「こんな荒れ果てた雪原が、所有地だって? ふん、家ごと魔法で吹き飛ばしてやるさ!」
アトミオス王子は右手をレジーナに向けた。魔力がこもり、手のひらに青白い光が溜まる。
レジーナは溜め息をついて静かに言う。
「王立条例第995条、国民は自分の生命と財産を守る権利がある」
「995条? ふん、そんなもの僕は知らない!」
「王立条例は、貴方たち王族が定めたものよ?」
「守れるものなら守ってみるがいい!」
「あらいいの? フルード式魔道具だって、船を飛べなくさせるぐらい、余裕よ?」
レジーナがロープを引っ張ると、足元から巨大なケーブル付きアンカーが放たれた。
それは浮遊船を飛び越え、地面へ突き刺さる。
一本、二本、三本……。
続々と追加のアンカーが飛び出し、アトミオス王子の浮遊船にケーブルが巻きついていく。
その数は合計、五本。
店の倉庫に眠っていた旧式のフルード式魔道具「浮遊船係留アンカー」。
本来は悪天候時に、浮遊船を固定するためのものだ。
錆びついたケーブルを磨き直し、ロープを引っ張れば連動して起動できるように改造した。
地上に戻された翌日から、レジーナは今日の出来事を予想して準備していたのだ。
「三矢の教えって知ってる? 一本なら弱い矢でも、三本にもなれば強いのよ」
これは五本だけどね、とアンカーを見上げながら笑う。
「魔力ゼロが使うフルード式魔道具だって、これぐらいはできるわ」
レジーナはルキアスからもらった発煙筒を三本とも着火して地面に投げていく。
赤い煙が空に上る。これは魔物が出現した際の救援用なので、催涙効果も持っている。
「魔法も使わずフルード式魔道具で原始的なケーブルなんて卑怯だぞ! ——ゴホゴホッ!」
煙でむせたアトミオス王子は、涙目になって咳き込む。
その拍子に魔法の起動は止まってしまったようだ。
レジーナは溜め息をついてアトミオス王子の前に立つ。その手元にはバケツがあった。
「魔力ゼロでも正当防衛するぐらいの知能はあるの。頭を冷やしましょう」
アトミオス王子の頭上に、バケツをひっくり返して冷水をぶっかける。
冬場に屋外で放置していたものなので、表面は氷が張っていていかにも冷たそうだ。
「ピキャー! ママー!」
アトミオス王子は情けない声をあげて、ガタガタ震え出した。
「雪の中を転がりなさい、その方が寒くないわよ。
レジーナは、哀れな婚約者を見下ろして笑う。
その足元では、むせながら雪の上を転げ回る哀れな男が泣き喚いていた。
やがて、その泣き声を裂くように風が鳴り——空が赤く瞬く。
辺境騎士隊の白い浮遊船が、赤い魔石をパトカーのように光らせながら上空に姿を現した。
煙を見て駆けつけたのだ。
アトミオス王子は驚愕に目を見開く。
「ボクを罠にはめたなー! ママに言ってやるー!」
「ほら、あなたの迎えが来たわよ。助けてもらいなさい」
白い浮遊船からロープが垂れ、辺境騎士たちが次々に降りてくる。
「レジーナ様、なにごとですか⁉︎ 火事かと思ったら、何ですか、この浮遊船は?」
「急に家に乗り込んできて、我が家を壊すって脅してきたの。怖かったわ。助けてくださる?」
「そうですな、いくら王族といえども、所有地を無断で荒らしたり壊すのはいけませんな」
辺境騎士は、寒さで震えて泣き叫んでいるアトミオス王子を気味悪そうに拘束する。
「ほら立て。一体何考えてるんだあんたは」
「ママが……ママがー!」
「……寒さでやられちまったのか?」
一人の辺境騎士が、レジーナに近付いてくる。
彼の関心はケーブルで固定された、アトミオス王子の浮遊船に向けられているようだ。
「こいつはかなり旧式ですね……今すぐ運び出すのは難しい」
「え! 持っていってくれないの?」
「ちょっと考えますが、なんとかします。大丈夫ですよ」
「タダで処分できるならなんでもいいわ! ありがとう!」
レジーナは笑顔で、うやうやしくスカートを手に持ってお辞儀をした。
辺境騎士は少し赤面して敬礼した。
「すごいなこのケーブルは」
「自分も家に欲しいです」
辺境騎士たちが、アトミオス王子の浮遊船を拘束したケーブルを見ながら、
「騎士隊にあると魔物討伐に便利そうだ」
と賞賛の声を上げているのが聞こえる。
「浮遊船は冒険者ギルドに移送してもらうので、この不埒な男は我々のほうで処理します」
「寒いようー、あー、死んじゃう。ママー!」
「まったく! 王子が公爵令嬢の家を襲撃なんて、王国の大スキャンダルですよ!」
レジーナは騎士に礼を述べる。
「ありがとう、騎士様。あ、そうだ、ちょっと待ってて」
レジーナは何かを思い出したように家に戻る。
物陰に隠れていたトーマスが頭を出そうとするので、
「ダメ!」
と身振りで示す。
それから、焼酎を持って庭に引き返してきた。
「騎士さんたち、よかったらこれ皆さんで飲んでね。お酒よ」
レジーナは、一同に酒瓶を渡す。
「ありがとうございます…これは?」
水のように透き通った酒に、騎士たちは驚きを隠せないでいる。
「前世の記憶で……じゃない、私が作った東の国のお酒です。」
「おお、白ワインのように綺麗な色ですな……」
「長期熟成だから美味しいわ。飲むと燃えるように熱いから寒い日にはぴったりよ」
「それは素晴らしい! 今日みたいな日にぴったりですな!」
辺境騎士たちの間にざわめきが広がる。
「聞いたことないぞ、長期熟成?」
「焼酎って何だ? 魔法か?」
「高級品じゃないのか」
レジーナは笑顔で辺境騎士たちに手を振った。
「私はか弱くて何もできない魔力ゼロの女だけど、作るのだけは得意なの。じゃあね!」
辺境騎士たちは白い浮遊船に乗り込むと、窓の外に目を眺めた。
地上では、レジーナが笑顔で手を振っている。
「あの子は、何者なんだ……浮遊船を魔力もないのに動けなくするとは」
隊長が言葉を漏らすと、一人の騎士がそっと耳打ちをしてきた。
「あの娘、絶対に怒らせたらまずいタイプですよ」
「ああ」
「王族に素手で立ち向かうとか、我々騎士よりも度胸があります」
「そうだな……とはいえこの酒は、流石に普通の酒だろう……」
「隊長、見た目は神秘的なぐらい透明ですが、酒は酒です。ワインやエールと同じですよ」
騎士たちは酒瓶を見て笑いあった。
後に、王国中で高値で売買されることになる超高級酒、
『レジーナ王女の救国焼酎・長期熟成五年』
の試作品をタダで手にしたことを、彼らはまだ知らない。
