「スカイリア島なんて、もう絶対来ねー!」
婚約破棄という、悲惨な状況にも関わらず、レジーナは元気に罵倒を繰り返していた。
本音を言えばスカイリア島の暮らしにめちゃくちゃ未練はある。
が、ここで意地を張らなければ女がすたるというやつである。
だがアトミオス王子と浮遊船の係員が、レジーナを実家行きの浮遊船へと押し込んでいく。
「入れろ入れろー! 押し込め!」
「ねぇこれ、ほんとにちゃんと飛ぶの⁉︎ なんかガタガタしてるんだけど!」
「静かにしないか、魔力ゼロのフルーダーめ」
「その呼び方やめてってば!」
浮遊船の係員が淡々と告げる。
「レジーナさん、婚約破棄になったので、もうスカイリア島には立ち入り禁止です」
「実家に戻されるのは構わないけど、仮にも公爵令嬢なのに扱いが雑じゃない?」
「それではー、極寒のレジーナさんの実家がある平民区行き、一名乗船になります」
「私は一応、魔法大学で筆記は首席だぞ! 魔力ゼロでここまでする?」
レジーナは両手を腰に当てて、ぷりぷりと怒った。
公爵令嬢で魔法大学で実技を除いて一番成績が良かった女でも、スカイリア島は平然と捨てる。
理不尽なアトミオス王子と縁が切れた途端に、ここまで待遇が変わるとは。
「魔力ゼロってだけで人生ハードモードすぎない?」
浮遊船の係員は、まったく同情する様子もなく、無言で浮遊船を発進させた。
「はぁ……これで、スカイリア島ともお別れかぁ」
見送りに来る友人もいない冷たい上流社会、見た目だけきらびやか。それがスカイリア島。
魔力持ちばかりのスカイリア島では、努力の価値を理解してくれる貴族はいなかった。
それでも、どこかでまだ信じていたのだ。
自分の知識が何かの役に立つ日が来ると。
浮遊船が実家近くの上空に到着し、地上まであと数メートルに迫った瞬間——
そんなセンチメンタルな感情も、あっさりと吹き飛んだ。
「それでは、着陸しますので——お降りください」
「え、階段とか、ないの?」
次の瞬間、係員がレバーを引いた。
船底が、ぱかんと開く。
「ちょっ、ちょっと待って!?」
軽い悲鳴とともに、レジーナの体がふわりと宙に浮く。
雪混じりの風に吹かれながら、白い世界へ真っ逆さまに落ちていった。
ドサッ。
地上の雪原に尻もちをついた瞬間、衝撃が背中を突き抜ける。
「い、痛たたた……。ちょっと! おろすってそういう意味!?」
見上げれば、浮遊船はすでに上昇を始めているところだった。
レジーナは勢いよく立ち上がると、空に向かって中指を突き立てた。
「二度と乗るか!」
威勢よくケンカを売ったはいいものの、ついさっきまで温暖なスカイリア島の舞踏会場にいたのだ。
レジーナの服装は半袖のドレスだった。
極寒の地元で過ごすにはあまりにも薄着である。
すぐに凍てつくような寒さが襲いかかってきた。
肩をすくめて身を震わせていると、雪をかき分けるようにして人影が駆け寄ってきた。
「空から女の子が! ——レジーナ?」
「パパ! あの船をアンカーケーブルで撃ち落としてよ!」
「お前は何を言ってるんだ⁉︎」
「私もよくわからないわ!」
駆け寄ってきたのは、雪まみれのコートを羽織った中年男性だ。
マフラーをオシャレに巻いた、整った目鼻立ちの紳士である。
その名もトーマス・クレオコール。
レジーナの父にして、公爵である。
しかし、魔力がゼロなのでスカイリア島では暮らせず、平民と共に暮らす庶民的な貴族だ。
「お前……こんな風に地上に下ろされたってことは、まさか婚約破棄されたのか……?」
「よくわかったね」
「ああ! やっぱりそうか! 俺のせいなんだな! 俺が魔力ゼロなばかりに!」
「違うよ、『僕のママが反対するから結婚できない』って言ってた」
「ママ? いやいや、大人の男がそんな言葉使いをするわけないだろう。お前は何を……」
レジーナが無言で目をそらすと、何かを察したトーマスは「嘘だろう」と目を丸くした。
「と、とりあえず家で話そう。冷えるからな」
トーマスは着ていたコートを脱ぐと、娘の肩にかけた。
そのまま親子二人、並んで歩き出す。
「パパ、眉毛に雪積もってる。そこも雪かきしたら?」
眉をこするトーマスと一緒に、雪道を進む。
「そういえば、浮遊船係留アンカーはまだ納屋に置きっぱなし?」
「ああ、まだ五本ぐらいある」
「捨てるんでしょ? 私が使っていい?」
「構わないが……何に使うんだ、うちの庭に浮遊船でも繋ぐ気か?」
笑いながら尋ねるトーマスに、レジーナは「まっさかー!」と笑顔で返す。
そうやって話し込んでいるうちに、懐かしい木造の家屋が見えてきた。レジーナの実家だ。
元は豪華な屋敷だったそうなのだが、年季が入った建物はところどころ傷んでいる。
(平民とほとんど変わらない住宅環境だわ)
その時ふと、レジーナは胸の奥にしまっていた、家庭教師の言葉を思い返していた。
『卒業論文にそれはまずい。魔力ゼロの平民が浮遊船を捕獲するなんて、貴族がひっくり返る!』
今はもう貴族に遠慮する必要もないんだし、好き勝手に暴れちゃおう。
「こんな不条理もういらない! 魔力ゼロの私が気持ちよく過ごせる世界に作り替えてやる!」
婚約破棄という、悲惨な状況にも関わらず、レジーナは元気に罵倒を繰り返していた。
本音を言えばスカイリア島の暮らしにめちゃくちゃ未練はある。
が、ここで意地を張らなければ女がすたるというやつである。
だがアトミオス王子と浮遊船の係員が、レジーナを実家行きの浮遊船へと押し込んでいく。
「入れろ入れろー! 押し込め!」
「ねぇこれ、ほんとにちゃんと飛ぶの⁉︎ なんかガタガタしてるんだけど!」
「静かにしないか、魔力ゼロのフルーダーめ」
「その呼び方やめてってば!」
浮遊船の係員が淡々と告げる。
「レジーナさん、婚約破棄になったので、もうスカイリア島には立ち入り禁止です」
「実家に戻されるのは構わないけど、仮にも公爵令嬢なのに扱いが雑じゃない?」
「それではー、極寒のレジーナさんの実家がある平民区行き、一名乗船になります」
「私は一応、魔法大学で筆記は首席だぞ! 魔力ゼロでここまでする?」
レジーナは両手を腰に当てて、ぷりぷりと怒った。
公爵令嬢で魔法大学で実技を除いて一番成績が良かった女でも、スカイリア島は平然と捨てる。
理不尽なアトミオス王子と縁が切れた途端に、ここまで待遇が変わるとは。
「魔力ゼロってだけで人生ハードモードすぎない?」
浮遊船の係員は、まったく同情する様子もなく、無言で浮遊船を発進させた。
「はぁ……これで、スカイリア島ともお別れかぁ」
見送りに来る友人もいない冷たい上流社会、見た目だけきらびやか。それがスカイリア島。
魔力持ちばかりのスカイリア島では、努力の価値を理解してくれる貴族はいなかった。
それでも、どこかでまだ信じていたのだ。
自分の知識が何かの役に立つ日が来ると。
浮遊船が実家近くの上空に到着し、地上まであと数メートルに迫った瞬間——
そんなセンチメンタルな感情も、あっさりと吹き飛んだ。
「それでは、着陸しますので——お降りください」
「え、階段とか、ないの?」
次の瞬間、係員がレバーを引いた。
船底が、ぱかんと開く。
「ちょっ、ちょっと待って!?」
軽い悲鳴とともに、レジーナの体がふわりと宙に浮く。
雪混じりの風に吹かれながら、白い世界へ真っ逆さまに落ちていった。
ドサッ。
地上の雪原に尻もちをついた瞬間、衝撃が背中を突き抜ける。
「い、痛たたた……。ちょっと! おろすってそういう意味!?」
見上げれば、浮遊船はすでに上昇を始めているところだった。
レジーナは勢いよく立ち上がると、空に向かって中指を突き立てた。
「二度と乗るか!」
威勢よくケンカを売ったはいいものの、ついさっきまで温暖なスカイリア島の舞踏会場にいたのだ。
レジーナの服装は半袖のドレスだった。
極寒の地元で過ごすにはあまりにも薄着である。
すぐに凍てつくような寒さが襲いかかってきた。
肩をすくめて身を震わせていると、雪をかき分けるようにして人影が駆け寄ってきた。
「空から女の子が! ——レジーナ?」
「パパ! あの船をアンカーケーブルで撃ち落としてよ!」
「お前は何を言ってるんだ⁉︎」
「私もよくわからないわ!」
駆け寄ってきたのは、雪まみれのコートを羽織った中年男性だ。
マフラーをオシャレに巻いた、整った目鼻立ちの紳士である。
その名もトーマス・クレオコール。
レジーナの父にして、公爵である。
しかし、魔力がゼロなのでスカイリア島では暮らせず、平民と共に暮らす庶民的な貴族だ。
「お前……こんな風に地上に下ろされたってことは、まさか婚約破棄されたのか……?」
「よくわかったね」
「ああ! やっぱりそうか! 俺のせいなんだな! 俺が魔力ゼロなばかりに!」
「違うよ、『僕のママが反対するから結婚できない』って言ってた」
「ママ? いやいや、大人の男がそんな言葉使いをするわけないだろう。お前は何を……」
レジーナが無言で目をそらすと、何かを察したトーマスは「嘘だろう」と目を丸くした。
「と、とりあえず家で話そう。冷えるからな」
トーマスは着ていたコートを脱ぐと、娘の肩にかけた。
そのまま親子二人、並んで歩き出す。
「パパ、眉毛に雪積もってる。そこも雪かきしたら?」
眉をこするトーマスと一緒に、雪道を進む。
「そういえば、浮遊船係留アンカーはまだ納屋に置きっぱなし?」
「ああ、まだ五本ぐらいある」
「捨てるんでしょ? 私が使っていい?」
「構わないが……何に使うんだ、うちの庭に浮遊船でも繋ぐ気か?」
笑いながら尋ねるトーマスに、レジーナは「まっさかー!」と笑顔で返す。
そうやって話し込んでいるうちに、懐かしい木造の家屋が見えてきた。レジーナの実家だ。
元は豪華な屋敷だったそうなのだが、年季が入った建物はところどころ傷んでいる。
(平民とほとんど変わらない住宅環境だわ)
その時ふと、レジーナは胸の奥にしまっていた、家庭教師の言葉を思い返していた。
『卒業論文にそれはまずい。魔力ゼロの平民が浮遊船を捕獲するなんて、貴族がひっくり返る!』
今はもう貴族に遠慮する必要もないんだし、好き勝手に暴れちゃおう。
「こんな不条理もういらない! 魔力ゼロの私が気持ちよく過ごせる世界に作り替えてやる!」
