「ならこれが――」

 ゴォォォォォォッ!

 マオの全身から、五百年の怨念を凝縮したような凄まじい魔力が噴出する。

 月骸の聖壇(ムーンレス・レクイエム)の古代の岩盤が悲鳴を上げた。数千年の歴史を刻んだ天井に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、聖なる壁画が剥がれ落ちていく。空気そのものが震え、重力すら歪んでいるかのような錯覚に陥る。

「『余の意思』だ!!」

 バババババッ!と、深紅の魔法陣が、まるで血の花が咲き乱れるように、シアンを中心に無数に展開される。床に、壁に、天井に――空間という空間を埋め尽くし、幾何学的な紋様が狂おしいほどの美しさで輝いた。

「およ?」

 シアンは無邪気に目を丸くした。まるで、子供が珍しい物を見つけたような、純粋な好奇心に満ちた顔で――。

「喰らえ!」

 マオが両手を天に掲げる。その瞳に宿るのは、もはや怒りを超えた、純粋な破壊への渇望。

紅蓮煉獄覇(ファイナル・デトネーション)!!」

 刹那――世界が、激しく血のように紅く染まった。

 ドゴォォォォォォンッ!と、ギガトン級の爆裂エネルギーが、広間を埋め尽くす。地下深くで千の太陽が同時に生まれ、シアンへ向かって収束していった。灼熱の業火が竜のように咆哮を上げ、石すらも瞬時に蒸発させる温度で全てを焼き尽くさんと荒れ狂う。

 これは、魔王ゼノヴィアスが五百年の生涯で編み出した最強最悪の禁呪。

 かつて、教国の精鋭軍勢一万を、ただの一撃で灰燼に帰した悪夢の魔法。生きとし生けるものの記憶に、恐怖として刻まれた絶望の象徴だった――。


       ◇


 その頃、地上では――。

「実況のリリィさーん! ……いや、これは困りました」

 サキサカは額から流れる冷や汗を拭いながら、真っ暗になったゴーレムアイの映像を呆然と見つめていた。

「現場は一体どうなっているんでしょうか?」

 パブリックビューイング会場も、不安に包まれ騒然としていた。最高潮に達していた興奮が、突然の映像断絶で宙に浮いたまま、行き場を失って漂っている。

「最後の瞬間ですが……」

 サキサカは震える声で、必死に場をつなごうとする。

「速すぎてほとんど見えませんでしたが……マオ選手の大剣を潜り抜けて、剣聖が刀でマオ選手を一突きしたように見えました」


〔マオちゃーーん!?〕
〔剣聖の勝ちか!?〕
〔いや、最後に剣聖が吹っ飛んだぞ!〕
〔誰か現場に行って確認してこい!〕


 流れるコメントも、混乱と不安で埋め尽くされている。

「ですが、そこで終わらずに」

 サキサカは記憶を必死に辿る。

「マオ選手が横一閃で薙ぎ払い、この時の剣気でゴーレムアイが吹っ飛んだように見えました……」

 しばし、リリィからの連絡を待つが――依然として画面は墨を流したような暗闇のまま。重苦しい沈黙が会場を支配する。

「まだ中継は回復しないようです。申し訳ありません。再度お伝えします。剣聖の刀がマオ選手を貫いたようにも見えたんですが……」

 サキサカは困惑の表情で首を捻る。

「その後のマオ選手の動きを見ると、もしかしたら脇の下で挟んでいたのかもしれませんね。このあたりはスローモーションを見てみないと何とも……」

 その時だった。

 ズゥゥゥゥゥンッ!と、大地が、まるで巨人が地下で暴れているかのように激しく揺れた。

「な、なんだ!? 地震か!?」

 次の瞬間――。

 ドゴォォォォォォンッ!と、遺跡のあった場所から、天を貫く巨大な火柱が噴き上がった。それは、まるで地獄の底から伸びる炎の腕のように、雲を焼き尽くしながら立ち昇っていく。

「うわぁぁぁぁぁ!」
「キャァァァァァ!」
「世界の終わりだ!」
「逃げろぉぉぉ!」

 パブリックビューイング会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。人々が恐慌状態に陥り、我先にと出口へ殺到する。女性の悲鳴、男たちの怒号が入り混じり、まさに世界の終わりを思わせる光景が広がっていた。

 灼熱のキノコ雲が、空を血のように赤く染めながら、ゆらゆらと不気味に立ち上っていく。まるで、地獄の釜の蓋が開いて、煉獄の炎が溢れ出したかのような光景だった。

「みなさん! 落ち着いてください!」

 サキサカは必死にマイクに向かって叫ぶ。

「走ると危険です! 落ち着いて、順番に……お願いします!」

 しかし、その声は恐怖の渦に飲み込まれ、誰の耳にも届かない。

 と、その時――。

 灼熱のキノコ雲の中から、何かが飛び出した。

 ピンクのドレスを纏った、銀髪の美少女。

「あぁっ!」

 サキサカは息を呑んだ。

「あれは……マオ選手!?」

 目を疑う光景だった。

 マオは透明な水晶のようなシールドに包まれ、まるで妖精のように空中を舞っていた。フリルのドレスには赤黒い血がべったりとこびりついているが、その瞳には、まだ戦意の炎が宿っている。

「いや、でも……飛んでますね……なんで……?」

 人間が空を飛ぶ――それは、最上級の魔導師でさえ、長年の修練を積んでようやく習得できる奥義。とても剣士ができる芸当ではない。