「胸をさらけ出してまで金儲けとは! 剣士の誇りはどこへ行った!」

「誇り? お主のように『強ければいい』なんて時代は、もうとっくに終わっとるのだ」

 マオの顔に、皮肉な笑みが浮かんだ。

「ほう? 時代遅れと……言うか、小娘」

 剣聖の眉が吊り上がる。

「今や武力など、ただの飾りだ」

 マオは血を拭いながら、淡々と語る。

「いま世界は経済戦争の真っ最中。どれだけヒト・モノ・カネを回せるか? その戦争をやっているのに……」

 赤い瞳が、剣聖を射抜く。

「お主みたいな隠居の理屈を、押し付けんな!」

「ふん!」

 剣聖は鼻を鳴らした。

「確かに、穏やかな老後にもう大金は要らんが……」

「金が要るんだ……」

 マオの声が、急に重くなった。

「それも、半端じゃない金がな……」

「そんな大金、何に使う?」

 その問いに、マオは少し間を置いてから答えた。

「信じてついてくる者に、安寧を……」

 ただの金儲けではない。誰かのための、戦い。

「ほう?」

 剣聖の表情が、少し和らぐ。

「何やら、ずいぶんと重いものを背負っとる様じゃな……」

 だが、すぐに厳しい顔に戻る。

「じゃが、負けてはやらんぞ?」

「手加減などいらんわ。お主の全力を破ってこそ意味がある……」

 マオは大剣を持ち上げた。全身から、ポタポタと血が滴り落ちている。

「次の一撃で決めてやる……」

 マオはぎゅっと大剣の柄を握り締めると、ふんっ! と気合を入れた。魔王として五百年君臨してきた矜持が全身に燃え盛る。

 そして、大剣の切っ先を下げ、全神経を剣先に集中させる。攻撃特化の構え――防御を完全に捨てた、一撃必殺の構えだった。

 剣聖が目を見開いた。

「ほう? 常勝無敗のワシに、その構え……」

 彼もまた、刀を高く掲げる。

「いいだろう……受けて立つ!」

 上段の構え――こちらも防御を捨てた、全てを断ち切る構え。




〔おぉぉぉぉ!〕
〔これで決まるぞ!〕
〔マオちゃん頑張れ!〕
〔いや、剣聖頑張れ!〕
〔どっちも死ぬ構えじゃね?〕

 一気に盛り上がる視聴者たち。


「おぉっと! これはとんでもないことになってまいりました!」

 サキサカが立ち上がる。

「両者、一歩も譲らず! 完全に攻撃特化の構えです!」

「ど、どうなるんですか? これ……」

 リリィの声が震えている。

「分かりません! 分かりませんが!」

 サキサカが拳を握りしめる。

「次の瞬間、勝負は決まるでしょう! 瞬きなんてしていられない!」

 ヴォォォォォン……。

 マオの全身から、紫色のオーラが立ち上り始めた。

 それは魔力ではない。純粋な闘気――殺意を形にしたような、禍々しい光。

 それに呼応するように――。

 シュゥゥゥ……。

 剣聖からも、青い光が立ち上る。

 澄んだ、しかし恐ろしく鋭い光。五十年間磨き続けた、剣の極致――――。

 剣聖は、キュッと口を結んだ。

 マオの深紅の瞳が、燃えるように輝く。

 ビリビリと空気が震える――――。

 まるで雷雲が発生する直前のような、恐ろしい緊張感が場を支配する。

 観客も、視聴者も、全てが息を呑んで見守った。

 そして――。

 ふっと二人の姿が、同時に消えた。

 刹那――。

 キィィィィンッ!

 金属が激突する、耳をつんざくような轟音が響き渡った。

 マオの大剣が音速を超え、大気を引き裂きながら剣聖へと迫る。その刃から放たれる紫の剣気は、まるで地獄の業火のように禍々しく輝いていた。

 剣聖の瞳に、驚喜の色が宿る。

(ほう……これほどとは!)

 老練な剣士は感嘆の息を漏らしながらも、その刀身で大剣を巧みに受け流す。水が岩を避けて流れるように、最小限の動きで必殺の一撃をいなした。

 そして――次の瞬間。

 シュッ!

 銀光が、一筋の流星となってマオの胸を貫いた。

 ぐふっ……!

 マオの顔が苦痛に歪む。赤い血が、ドレスを濡らしながら滴り落ちていく。

 だが――。

 剣聖の勝利の表情が、一瞬にして驚愕へと変わった。

「なに……?」

 マオは貫かれたまま、口の端に不敵な笑みを浮かべていた。その深紅の瞳に宿るのは、絶望ではなく――確信。

「かかったな……」

 グッ!

 マオは自らの胸筋で刀身を()め上げる。常人なら即死の傷。だが魔族の肉体は、人間とは根本的に構造が違うのだ。

「貴様、まさか――」

 剣聖が刀を引き抜こうとするが、びくともしない。まるで鋼鉄の万力に挟まれたように、刀は完全にマオの肉体に囚われていた。

「これで……終わりだ!」

 ヴォォォォォォンッ!

 マオの大剣に、凄まじい量の剣気が集約されていく。黄金に輝くその刀身は、まるで太陽のような眩い光を放った。

「ぬぅっ!」

 剣聖は瞬歩で後退しようとする。だが、刀を手放すことができない。剣士としての矜持が、武器を捨てることを許さなかったのだ。

 その一瞬の躊躇が、運命を決めた。