「あちぃ! あちちち!」

 リリィもたまらず、小さな羽をバタバタさせながら飛んで逃げた。




〔えぇっ!?〕
〔マジか!〕
〔はい! 死んだ!〕
〔マオはワシが育てた〕



 コメント欄が、驚愕と困惑で埋め尽くされる。

 パブリックビューイング会場にも、重苦しいどよめきが広がった。

「うわぁ……」「いいのかこれ……」「これは死んだかも……」

 誰もが、マオの安否を心配そうに見つめている。

「いやぁヴァレリア選手、とんでもない手に出てきましたねー!」

 サキサカは興奮と困惑が入り混じった声で叫んだ。額に汗が浮かび、それを何度も拭う。

「これ、マオちゃんは避けられませんよね?」

 リリィの問いかけに、サキサカは苦い表情で頷いた。

「そうですね、扉が開き始めると同時に広間が火の海ですからね。対応する暇もなかったと思います」

「では、マオちゃんは……?」

 リリィの声に、珍しく心配の色が滲んだ。

「うーーーーん」

 サキサカは唸りながら、燃え盛る映像を見つめる。

「私の方からは何とも……ただ、何もできないまま焼き殺されたのではあまりにもあんまりですから、無事でいてほしいとは思いますが……」

 しかし、ヴァレリアの攻撃はこれで終わらなかった。

「『終焉神嵐(ラグナロク・テンペスト)』!!」

 彼女は狂気じみた笑みを浮かべながら、ロッドをブンと振り下ろした。

 究極の風魔法が発動する。

 ヒュンヒュンヒュン!

 無数の風の刃が、劫火を巻き上げながらボス部屋に飛び込んでいく。炎と風が融合し、まさに地獄の竜巻のような光景が生まれた。

「はーっはっはっは!」

 ヴァレリアは狂気に浮かれた笑みを浮かべながら、バフとポーションで最大限に強化した魔法を全力で放っていく――――。

 ズンズン! ガガガガッ!

 風の刃が石の壁を容赦なくえぐる音が、まるで断末魔の叫びのように響き渡った。



〔ひでぇな……〕
〔エグ……〕
〔マオちゃぁぁぁん……〕



 容赦ない徹底した攻撃に、コメント欄もパブリックビューイング会場もまるでお通夜のように静まり返ってしまった。誰もが言葉を失い、ただ呆然と燃え盛る映像を見つめている。

 灼熱の炎を映し続けていたボス部屋内のゴーレムアイは、ついに限界を迎えた。

 プツン……

 小さな音を立てて、映像が途切れる。真っ黒な虚無だけが、画面に映し出された。

「ちょっとこれは……」

 サキサカは青ざめた顔で、言葉を失ってしまった。Aランク魔導師の容赦ない全力魔法の威力は、想像を遥かに超えていた。まるで天災のような、圧倒的な破壊力だった。

 パブリックビューイング会場全体が、重苦しい沈黙に包まれる。

「もうダメだ……」「あぁぁぁぁ……」

 果たして、マオはどうなったのか? 誰もが、その答えを待ち望んでいた。


       ◇


 炎が徐々に下火になってきた――――。

 赤々と燃え盛っていた劫火も、ようやくその勢いを失い始める。黒く焦げた石壁からは、薄い煙が立ち上っていた。

 ヴァレリアは勝利を確信した笑みを浮かべながら、ゆっくりと広間へと足を踏み入れる。

 彼女の足音が、焼け焦げた床石を踏みしめる度に、カツンカツンと虚しく響く。

(ふん、所詮は剣士ね)

 ヴァレリアはほくそ笑みながら辺りを見回すが――――誰もいない。

(ふふっ、死んだようね? 剣士じゃ避けられないから当たり前……ふふっ、これで百万ゴールド……。簡単なお仕事だわ)

 その時だった。

 広間の脇に無造作に置かれていた、古びた革のアイテムボックスが――。

 ゆらっ……。

 微かに揺れた。

「ん?」

 ヴァレリアが何の気なしに視線を向ける。

 次の瞬間――。

 パシーン!

 乾いた音が、焼け焦げた広間に響き渡った。

 ヴァレリアの体が、まるで見えない巨人に弾き飛ばされたかのように宙を舞う。石壁に激突し、ゴロゴロと無様に転がって――。

 スゥッっと霧のように消えていった。



〔あぁぁぁぁ!〕
〔何!? どういうこと!?〕
〔マオちゃーーーーん!〕
〔マオはワシが育てた〕



 コメント欄が、文字通り爆発した。読むことすら不可能な速度で、驚愕と歓喜の文字が流れていく。

「うぉぉぉぉ!」

 パブリックビューイング会場が、大地震のように揺れた。数万人の歓声が、まるで一つの巨大な咆哮となって天に昇る。

 老若男女、冒険者も商人も、誰もが立ち上がり、拳を振り上げていた。

「おぉっとこれはビックリだーーーーっ!!」

 サキサカが椅子から飛び上がり、絶叫した。

「なんと、マオ選手! あの炎と風の刃の嵐の中を生き残っていたーーーー!」

 彼の声は興奮で裏返り、額には大粒の汗が浮かんでいる。

「サキサカさん、これはどういうことですか?」

 リリィも、珍しく動揺を隠せずにいた。

「いや、私にもわかりません」

 サキサカは何度も首を振った。