カメラが慌てて降下し、煙の中を映し出す。視聴者たちは固唾を呑んで画面を見つめた。きっと、ぐちゃぐちゃになった美少女の姿が現れてしまうのでは!?

 煙が晴れていくと――。

 片膝をついた姿勢で、優雅に着地しているマオがいた。

 いわゆる「ヒーロー着地」のポーズ。ドレスが綺麗に広がり、銀髪が静かに肩に落ちる。まるで、最初からそうするつもりだったかのような、完璧な着地姿勢だった。

〔!?!?!?〕
〔は? 無傷?〕
〔どういうこと?〕
〔足折れてない?〕
〔いや、カッコよすぎだろ〕
〔天使キターーーーーー!!〕

【同接:232人】


 マオはゆっくりと立ち上がった。ドレスについた埃を、さりげなく手で払う。

「……ふん」

 小さく鼻を鳴らすと、周囲を見回した。

 落とし穴の底は、意外に広い空間になっていた。

 そして、目の前には――

「ギャハハハ! また間抜けな冒険者が落ちてきたぜ!」

 下品な笑い声と共に、薄汚れた人影が複数、暗闇から現れた。

 盗賊たちだった。落とし穴を利用して、冒険者から金品を奪う悪党ども。手には錆びた剣や棍棒、そして縄が――。

「おお? 今度は上玉じゃねえか!」
「銀髪の美少女とは、高く売れそうだ」
「へへへ、ちょっと遊んでからでも……」

 下卑た笑みを浮かべながら、盗賊たちがじりじりと距離を詰めてくる。全部で七人。

 リリィが慌ててマオの頭の上に降りてきた。

「大変! マオちゃん、悪い人たちに囲まれちゃった! どうしよう!」

〔盗賊団かよ〕
〔最悪の展開〕
〔これはガチでヤバい〕
〔え? やらせじゃなく? マジ?〕

【同接:341人】


 盗賊のリーダー格らしき髭面の男が、にやにやと笑いながら近づいてきた。

 体格差は歴然。男の方が頭二つ分は大きい。しかし――。

「嬢ちゃん、大人しくその剣と金を置いて……」

 マオは無言で男を見上げると、恐ろしい闘気をブワっと放った。

(おいリリス、こいつは倒していいのか?)

(はーい、もちろん! 美味しい展開ですよ!!)

 リリィは嬉しそうにクルッと回った。

「ほほう、美味しいのか……」

 マオが口を開いた。静かな、しかし底冷えのする声。

「あぁ? なに言って……」

 男が嘲笑しかけた、次の瞬間。

 ゴッ!

 マオの小さな拳が、男の鎧にめり込んでいた。

「がはっ!?」

 百キロ近い巨漢が、まるでトラックにはねられたかのように吹き飛んだ。壁に激突し、そのまま衝撃で落ちて来た石に埋まっていく。

 一瞬の静寂。

 残りの盗賊たちは、目を見開いたまま固まっている。

 まさかこんな少女にボスが瞬殺されるなど思っていなかったのだ。

「て、てめえ……!」「この野郎!」

 我に返った盗賊たちが、一斉に武器を構える。しかし、その手は震えていた。本能が告げている。目の前の美少女は、ただものではないと。

〔つっよ! ワンパンかよ〕
〔盗賊が可哀想になってきた〕
〔いや、自業自得だろ〕
〔マオちゃん怒らせたらアカン〕

【同接:482人】

「ひ、ひるむな! 相手は小娘一人! 一斉にかかるぞ!!」

「お、おう!」「飛びかかれ!」

 盗賊の一人が叫び、全員が一斉に襲いかかった。

 マオは――ふんっと鼻で嗤う。
 そして、ゆらりと動いた。

 最初の盗賊の剣を、素手で掴んで へし折る。

 二人目の棍棒を、額で受け止めて粉砕。

 三人目の突きを、手の甲でいなし、そのまま軽く小突いて失神させる。

 まるで大人が幼児をあやすような、圧倒的な力の差。ドレスの裾をひらひらと揺らしながら、まるで美しい舞踏のように一分の無駄のない動きで盗賊たちを制圧していった。

 気が付けばあっという間に七人全員が地面に転がっている。

「……つまらん」

 マオはボソリと呟くと、すたすたと奥へと続く通路へ歩き始めた。

 リリィが慌ててカメラに向かって叫ぶ。

「み、見ましたか皆さん! マオちゃんの華麗な戦闘! 悪い盗賊たちを懲らしめました! 正義の美少女剣士ここにあり!」

〔剣士? 剣は抜いてもないんだが?〕
〔格闘家じゃねぇの?〕
〔いや、これもう魔王だろ〕
〔魔王(美少女)爆誕!〕

【同接:522人】

 コメント欄の指摘は、奇しくも真実を突いていた。