「いやでも」

 サキサカは興奮を抑えきれずに身を乗り出した。

「斬りかかろうとした相手が、逆に目前まで詰め寄ってくるなんて、普通は予想しませんからね! それも、あの一瞬で判断して、最適な一撃を……」

 彼は深く息を吸い込んだ。

「それだけマオ選手の戦闘センスが規格外ということでしょう。もはや、天才とか、そういう次元じゃない……素晴らしい!」




〔おぉぉぉ!〕
〔さすが俺たちのマオ!〕
〔ポロリまだーー?〕
〔マオはワシが育てた!〕

『○○さんが100ゴールドをスパチャしました!』
『××さんが50ゴールドをスパチャしました!』
『△△さんが200ゴールドをスパチャしました!』

 お祝いのスパチャが飛び、パブリックビューイング会場は歓声に包まれていた。



 広間には、マオだけがポツンと立っている。

 角材を肩に担ぎ、退屈そうに欠伸を噛み殺していた。まるで、今起きたことなど、取るに足らない些事だと言わんばかりに。

「はい! 次!」

 マオは苛立ちを隠そうともせず、リリィに声をかけた。百万ゴールドを賭けた戦いなど、彼女にとっては早く終わらせたい面倒事でしかないのだろう。

 その圧倒的な強さと、それを当然とする態度に、視聴者たちは改めて戦慄し、惜しみないスパチャの嵐が画面を覆っていったのだった。


        ◇


 次に現れたのは『紅蓮の翼(クリムゾンウィング)』だった。

 大陸でも名を轟かせるAランクパーティ。しかも、女性だけで構成された魔法特化の精鋭集団である。

 リーダーの魔導師、ヴァレリアは深紅に彩られた黒曜石風の魔導金属で仕立てられた鎧に身を包んでいた。流れるような黒髪が、松明の光を受けて艶やかに揺れる。鎧の表面には炎が揺らめくような紋様が刻まれており、彼女の高ぶる魔力に呼応するかのように、脈打つような輝きを放っていた。

「ヴァレリアさん、二人目の挑戦となりますが、自信のほどはいかがですか?」

 リリィが小さなマイクを向ける。

「負けるつもりで来てる奴なんかいないわよ!」

 ヴァレリアの瞳に、激しい闘志が燃え上がった。

「『紅蓮の翼(クリムゾンウィング)』が大陸一だって、今ここで証明してやるわ!」

 彼女が言い放つと同時に、鎧の紋様がブワッと炎のような輝きを放つ。その威圧感に、周囲の空気すら震えたかのように感じられた。

「シルヴァン選手は瞬殺されてしまいましたが……」

 リリィが慎重に水を向ける。

「ふんっ!」

 ヴァレリアは鼻で笑った。プライドの高い魔導師特有の、傲慢とも取れる笑みだった。

「まぁ、マオの剣の腕は相当なものね。それは認めるわ」

 彼女は優雅に髪をかき上げた。

「でも、私は魔導師よ? ソロの剣士相手なら、負ける要素なんて微塵もないわ」

 その自信は、単なる虚勢ではない。大陸最強クラスの魔導師としての実力に裏打ちされた、確固たる自負だった。

「ありがとうございます。では準備はよろしいですか?」

「三分だけ時間をちょうだい」

 ヴァレリアはそう言うと、堂々と巨大な扉の前まで進んだ。手にした重厚なロッドを握りしめ、低くブツブツと何かを唱え始める。

『天球巡る星辰……賢者見上げし叡智の光……その根源たる輝きを……』

 古代語の詠唱が、まるで呪詛のように響く。鎧の輝きは炎のようにゆらゆらと揺らめき、その光量を徐々に増していった。

「リーダー! 頼んだよ!」

「いけるいける! あたしらが大陸一よ!」

 仲間たちが熱い声援を送る。

〔なんかもう詠唱始めちゃってる?〕
〔いいのかこれ?〕
〔マオちゃんは世界一ーー!〕
〔マオはワシが育てた〕

 コメント欄にも困惑の声が上がり始めた。

 次々と、色とりどりのバフ魔法のエフェクトがヴァレリアを包み込んでいく。

 ボゥッ!と赤い光が身体強化をし、

 ヴゥン!と青い光が魔力増幅をし、

 ビビッ!と黄色い稲妻が反射速度の向上をしている――――。

 次々と響き渡る効果音。まるで魔法の展示会のような、圧倒的な準備の数々だった。

 だが、それだけでは終わらない。

 ヴァレリアは懐から次々とポーションの瓶を取り出し始めた。赤、青、緑、紫……色とりどりの液体を、躊躇なく飲み干していく。

「うわ、やりすぎだろ……」「どんだけ本気なんだよ……」

 パブリックビューイング会場の観客たちも、そのなりふり構わない勝利への執念に圧倒されていた。

「三分経ちましたので、開始いたします!」

 リリィの合図と共に――。

 ゴゴゴゴゴ……

 千年の重みを持つ扉が、ゆっくりと動き始めた。

 だが、その瞬間――。

「『天墜の劫火(インフェルノジャッジメント)』!」

 ヴァレリアの絶叫が響き渡った。

「死ねぃ!!」

 なんと彼女は、ほんの数センチだけ開いた扉の隙間から、究極の範囲魔法を放ったのだった。

 轟音と共に、真紅の劫火が扉の隙間から噴き出す。まるで地獄の釜が開いたかのような、圧倒的な熱量だった。

 ボス部屋はあっという間に紅蓮の炎に埋め尽くされ、扉の前ですら熱線で立っていられないほどの灼熱地獄と化した。