「これ、全力じゃないの!?」

「見てみい」

 老人は震える指で、映像を指差す。

「ほら、今のとこだって打ち込みに行けた。なのに、あえて打たせ続けとる……」

 深い息を吐く。

「相当な手練れじゃ……いや、これは……」

「そ、そこまで……」

 青年が言いかけた時――。

 問題のシーンが現れた。

 勇者の剣が、マオの服を切り裂く。布が舞い、肌が露わになる瞬間。

「ぬはっ!?」

 老人が椅子から飛び上がった。

 映像にはモザイクがかかっていたが、その状況は明白だった。

「なんじゃこりゃーー!!」

 老人の顔が、みるみる真っ赤になっていく。怒りで――――。

「この小娘! わざと胸を出したな!!」

 テーブルをバン!と叩く。茶碗が跳ね、茶が少しこぼれた。

「え? 事故じゃないの?」

 青年は困惑した。

「何言っとる! これだけの手練れが服を切られるなんてことは、ありえんのじゃ!!」

 老人は拳を震わせながら叫んだ。

「わざとじゃ! わざと胸をさらけ出した……実にこざかしい小娘じゃ!」

「わ、わざと……?」

 青年は映像を見直した。

「そんな風には見えなかったけどな……だって、泣いてるよ。ほら」

 確かに、マオの目には涙が浮かんで見える。

「ウソ泣きに決まっとろうが!!」

 老人の怒声が、小屋を震わせた。

「剣の道を、なんだと思っとるんじゃ!」

 彼は立ち上がり、部屋を歩き回り始めた。

「これほどまでの腕を、この若さで身に付けながら……」

 振り返り、映像を睨みつける。

「胸をさらして金儲けとは! 剣士の風上にも置けん奴じゃ!!」

「え、マオちゃんはそんなお色気キャラじゃ……ないんだけどな……」

「剣を交えれば本性が出るんじゃ!」

「そ、そうなのか……」

 青年は言葉を選ぶように口を開いた。

「じゃ、じゃあさ、剣を交えたら、僕も勉強になるかな……って。行ってもいいでしょ?」

「ダメじゃ! ワシが行く」

 老人の目が、ギラリと光った。

「へ?」

「ワシが行って、あの小娘の性根を叩き直してやる!」

「し、師匠が戦うの?」

 青年は驚愕した。師匠が自ら動くなど、十年以上なかったことだ。

「なんじゃ?」

 老人は不敵に笑った。

「老いぼれたと思うか? まだ、こんな小娘には負けんぞ!」

「やったぁ!」

 青年は飛び上がった。

「百万ゴールドは、もう貰ったも同然じゃん! この家も建て直そうよ!」

「金の問題じゃない!」

 老人は再びテーブルを叩いた。

「こんな浮かれた小娘が、剣士たちの頂点に立つようなことにでもなってみい」

 彼の声が、低く唸る。

「風紀が乱れ、剣の道が穢れ、ひいては魔王に対抗する人類の存亡に関わるぞ!」

「そ、そんな大げさな……。でも、師匠が本気で戦うところ、まだ見たことないから楽しみだぁ」

 青年の目が輝いた。

「ふん」

 老人は鼻を鳴らした。

「本気を出させてくれる者が、おらんかったからな……ちと、血が騒ぐわい」

 彼の目に、剣士の炎が宿り始める。

「それにしても教国も意地の悪い大会を開くもんじゃ。ワシ以外あの娘には勝てんじゃろう」

「師匠は世界最強だもんね!」

「最強……か……。昔、ワシと互角に剣をやりあった者がおったなぁ。もう、五十年も前の話じゃ」

「えっ!? そんな人が?」

「人じゃない、悪魔じゃ。魔王ゼノヴィアス……奴の剣の腕前は惚れ惚れするほどだったわい。さらに奴は剣だけじゃない。むしろ魔法を得意としておる。じゃから先の戦争では相当苦労させられた……」

「へぇ……魔王ってすごいんだね」

「じゃが、あれからワシも修練を重ねたからな。今なら魔王にも勝てるじゃろう」

「さすが師匠! でも、魔王が先にマオちゃんと戦ったら賞金とられちゃうかも?」

「はっはっは! 宿敵教国のイベントに魔王が出るわけがないわ! 奴はプライドが高いからイベントを潰そうとはしても参加なんてとんでもない!」

「なら、師匠の勝利で決まりだね! あ、僕も出ていいよね?」

 青年が期待に満ちた目で聞いた。

 老人は、ふぅと大きく息をついた。そして――。

 テーブルに置かれていたパン切りナイフに、すっと手を伸ばす。

「見ておけよ?」

「え……?」

 次の瞬間――。

 シュッ!と空気を切る音が響き、ナイフが一瞬消えたように見えた。

「……え?」

 青年は目を擦った。確かにナイフは老人の手にある。なぜ消えたように見えたのか――――?

「今、何をしたのか見えてたら出てもいいぞ?」

 老人は挑戦的な笑みを浮かべた。

「いや……ちょっと……え?」

 青年が混乱していると――。

 ポン!

 軽快な音と共に、テーブルの上のリンゴが皮を弾き飛ばした。

「リ、リンゴが……」

 真っ白な果肉が露わになり、螺旋状に剥かれた皮が、まるで花びらのように広がっている。