「な、なるほど! それは盲点だった!」

 ゼノヴィアスは立ち上がり、リリスの肩をパンパンと叩く。

「お主、まさに悪魔的天才だな! むほーー!」

 奇声を上げながら、拳を天に突き上げる。

「くふふふ……。もっとお褒めいただいても結構ですのよ?」

 リリスはポーズをとって胸を張り、鼻息を鳴らす。

「今から楽しみになってきたぞ! あの高慢な聖女の顔が歪むのが目に浮かぶわ!」

「ふふふ、でしょう? 名付けて――『聖女歓待大作戦』!」

「ぬはははは! いいぞ! 実にいい! 最大級の歓待を聖女に! ガッハッハ!」

 先ほどまでの憂鬱はどこへやら、ゼノヴィアスは楽しそうに笑い声を響かせた。

 三日後、魔王城に聖女がやってくる。

 歴史に残る、前代未聞の『歓待』が始まろうとしていた――。


       ◇


 運命の日がやってきた――。

 魔王城の威容が、霧の中に浮かび上がる。黒曜石で築かれた城壁は、まるで巨大な牙のように天を突き刺し、幾つもの尖塔が不吉な影を落としていた。

 聖女エリザベータは、その厳めしい城門を堂々とくぐった。ブロンドの美しい髪を風になびかせ、純白のローブが輝く。まるで闇の世界に降り立った天使のように。

(思ったより……立派じゃない)

 内心で舌打ちをする。貧乏で崩れかけの城を想像していたが、眼前にそびえる魔王宮は、教国の大聖堂にも引けを取らない威容を誇っていた。

 ふんっ! と鼻を鳴らすと聖女は振り返る。

「なんで、あんたまで来るのよ?」

 後ろをニコニコとついてくるマオに不満をぶつける。

「だって、関係者だからね?」

 マオの笑顔は、まるで遠足に来た子供のように無邪気だった。

「ふふふ、歴史的瞬間に立ち会えるなんて、楽しみでしょうがない」

「これは魔王と教国の正式な会談よ」

 聖女の琥珀色の瞳が、威圧的に光る。

「余計な口出しは許さないわ。分かってる?」

「もちろん、分かってる」

 マオは軽やかに答えた。

「くふふふ……」

 何か含みがあるその笑い声に何か不穏なものを感じて、聖女は眉をひそめた。恐るべき魔王軍の本拠地にいるというのに、この小娘は恐怖の欠片も見せない。むしろ、教国にいた時より自由でのびのびとしている――?

(いや、まさか……)

 頭をよぎった考えを、聖女は振り払った。この小娘が『魔王に会ったことがない』のは真実なのだから。

「こちらです」

 迎えに出た一行の中で、リリスが一歩前に出て恭しく一礼し、奥へと案内を始める。

 大理石の廊下を進むにつれ、装飾は豪華さを増していく。魔族の歴代王の肖像画、呪われた宝剣、そして――玉座の間の巨大な扉。

 リリスはピタリと止まり、クルッと振り返る。

「ここより先は、貴賓以外立ち入り禁止です」

 リリスの声が、冷たく響いた。

「お付きの方々は、控室でお待ちください」

「な、何だと!?」

 聖騎士団長が、剣の柄に手をかけた。

「我々を分断するつもりか! 聖女様を一人にするわけにはいかん!」

 しかし、リリスは顔色一つ変えない。

「魔王陛下は、聖女様にのみ面会されます」

「ご不満であれば、このままお帰りいただいて結構です」

 そう言って元来た方を恭しく手のひらで示した。

「横暴だ! そんな話は聞いていないぞ!」「そうだ! 教国の使節団を何だと考えてるんだ!」

 騒然となった騎士たちを聖女がスッと手を上げて制した。

「いいわ……。あなたたちは、控室で待ちなさい」

「しかし、聖女様! 相手はズルく卑しい悪魔の王ですぞ!」

 騎士たちは食い下がる。聖女に何かあればもはや国には帰れない。その悲痛な思いが伝わってくる。

 しかし、聖女は自信に満ちた笑みを浮かべた。

「今回の訪問は大陸中が注目しているのよ? さすがの魔王も私に手は出せないわ。それに……」

 彼女の全身から、淡い金色の光が立ち上る。

「私には神の(ディヴァイン)恩寵(グレイス)がある。心配無用よ」

「……分かりました」

 騎士団長は、渋々剣から手を離した。

「では、どうぞ」

 リリスがうやうやしく扉を開く――――。


       ◇


 扉の向こうには、想像を絶する光景が広がっていた。

 漆黒の大理石で作られた巨大な空間。天井は遥か高く、まるで夜空のような闇が広がっている。そして、その最奥に――きらびやかに彩られた巨大な玉座が鎮座していた。

「ふふっ」

 マオが軽やかな足取りで、聖女を追い越していく。

「ちょっとあんた! なんであんたも入ってくるのよ?!」

 聖女は叫んだ。

 しかし、マオはタタタッと段を駆け上がり――。

「何だっていいじゃない。ふふふっ」

 笑いながらひょいっと玉座に――――座った。

「あ、あんた!」

 聖女の叫びが、広間に響き渡った。

「どこに座ってるのよ!!」

 血の気が引いていく。これは国際問題だ。魔王の玉座に勝手に座るなど、宣戦布告に等しい暴挙。

「どこって?」

 マオは首を傾げる。その仕草は、あまりにも自然で、玉座になじんでいた。

「余の席だが? くふふふ……」