「まぁまぁ、エリザベータ」

 枢機卿が慌てて仲裁に入った。

「彼女はまだ新人冒険者だ。魔王の脅威など、実感できなくて当たり前じゃないか」

 マオは内心で舌打ちした。

(もう帰りたい……)

 敵地の中枢で正体を隠しながら、意味不明な説教を受ける。これほど屈辱的な状況があるだろうか。

(まぁまぁ、陛下! 奴らは金貨ですよ嫌なことを言う金貨。スルーしましょう。スルー。何言われても金を得た者が勝ちなんです!)

 リリィは必死になだめ、マオは深いため息をついた。


      ◇



「前置きはさておき、具体的な相談をしたい……」

 枢機卿がずいっと身を乗り出す。

「当初の予算から大幅に契約金が増えた分、少し協力をして欲しいことがあってね……」

「は? 協力……ですか?」

 嫌な予感がした。

「何、大したことじゃない。配信のダンジョンをだな、我が教国郊外の聖遺跡(せいいせき)月骸の(ムーンレス)聖壇(レクイエム)】にして欲しいんだ」

 マオはリリィと目を合わせる。

(ダンジョンの場所など、どこでも構わんが……)

(まぁ、問題は……なさそうですね)

 リリィは小首をかしげ、うなずいた。

「まぁ、そのくらいなら」

「おぉ、ありがとう!」

 枢機卿の顔が、パッと明るくなる。

「どうしても王国周辺のダンジョンばかりが賑わってしまってね。最近は、こちらは閑古鳥が鳴いていて困っていたんだ」

 ダンジョンの入場税は、管理国の収益になる。多くの冒険者が訪れれば、周辺の宿屋や商店も潤う。ダンジョンは国力に直結する重要な観光資源なのだ。

「では、次の配信は月骸の(ムーンレス)聖壇(レクイエム)で……」

「ちょっと待って」

 聖女の冷たい声が、会話を遮った。その瞳が、獲物を狙う蛇のように光る。

「企画はあるの?」

「えっ!? き、企画……ですか?」

 マオは突然の話に言葉に詰まる。

「そうよ! 二十万ゴールドも払うんだから」

 聖女は嘲笑を浮かべた。

「視聴者数が爆上がりする企画がなきゃ、納得できないわ!」

「そ、それは……」

 マオは慌ててリリィを見るが困った顔をするだけだ。いきなりそんな企画など、思いつくはずもない。

「前回は勇者と戦ったんでしょう?」

 聖女の笑みが、さらに意地悪く歪む。

「だったら今度は……そうね、魔王でも連れてきなさいよ!」

 一瞬、室内の空気が凍りついた。

「……は?」

 マオは聖女の無茶振りに言葉を失う。

「ま、魔王!? さすがにそれは……いくらなんでも無茶だ!」

 枢機卿の顔が、真っ青になった。

「ま、魔王は止めましょう。魔王が配信など、出てくれるはずがありません!」

 マオも慌てて否定する。

 ――自分自身とどう戦えと言うのか?

 聖女は優雅に肩をすくめた。その唇に、侮蔑の笑みが浮かぶ。

「あんな脳筋バカなら、『強い奴が対戦を望んでる』って言えば、尻尾振って飛んでくるわよ」

「の、脳筋……!?」

 マオの思考回路が、完全に停止した。

 五百年の魔王人生。恐怖の象徴、暗黒の支配者、絶対的な力の権化――様々に呼ばれてきたが、まさか『脳筋バカ』呼ばわりされる日が来ようとは。

「ぷふっ!」

 横でリリィが噴き出した。慌てて小さな手で口を押さえるが、肩が小刻みに震えている。

(何? まさかお主……笑っておるのか?)

 マオの鋭い視線にリリィはビシッと背筋を伸ばした。

(と、とんでもございません! 失礼な女ですよねっ!)

「ま、魔王はまずい! それが引き金になって、大陸戦争にでもなったらどうするんだ!」

 枢機卿が渋い顔で首を振る。

「冗談よ」

 聖女は鼻で嗤うと涼しい顔で髪をかき上げた。

「でも、それくらいのインパクトがないと。魔王がダメなら……」

 彼女は天井を見上げ、わざとらしく思案のポーズを取る。そして突然、パチンと指を鳴らした。

「そうだわ! あんた、ダンジョンボスをやりなさい」

 ニヤリと笑いながら、マオを指差す。その瞳には、意地悪な輝きが宿っている。

「は?」

 次から次へと繰り出される理不尽な提案に、マオの頭はパンク寸前だった。

「ダンジョンのボスって、魔王軍の管轄でしょう?」

 聖女は勝ち誇ったような顔で続ける。

「魔王軍の許可を取って、あなたがボスになればいいじゃない。簡単でしょ?」

「え? 私が……攻めてくる冒険者と戦う?」

 マオは困惑した。配信者がダンジョンボスになる? そんな話は聞いたことがない。

「そうそう! 視聴者参加型イベント!」

 聖女の声が、興奮で高くなった。

「『美少女剣士マオを倒せ!』って触れ込みで。絶対盛り上がるわよ? くふふふ」

「ほう!」

 枢機卿も身を乗り出した。その目が、子供のように輝いている。

「攻めるのではなく、冒険者を迎え撃つ! これは革新的だ! 聞いたことがない! うむうむ、実に面白い!」

 完全にノリノリである。