カンカカンカカン!

 金属音が、機関銃のように恐るべき勢いで響き渡る。

 勇者レオンの聖剣が、青い稲妻となって空間を切り裂いていく。上段、下段、横薙ぎ、突き――あらゆる角度から、あらゆるタイミングで、死の刃が襲いかかる。

 その速度は、もはや常人の動体視力では捉えられない。

 しかし――。

 全てが、マオの角材に阻まれていた。

 マオは刃の部分を避け、刀身の平らな部分だけを叩き続ける。それも、最小限の動きで、まるで舞うように優雅に――――。

(おかしい……)

 勇者の額に、冷汗が浮かび始めた。

(何か違和感がある……いや、違和感どころではない……)

 たまらずサッと距離を取る。

 「はぁ……はぁ……」

 荒い息をつきながら、レオンはマオを凝視した。

 対照的に、マオは涼しい顔をしている。銀髪は乱れず、呼吸一つ乱していない。それどころか――口元に、薄い笑みすら浮かべている。

 ヒノキの棒を、まるで指揮棒のようにゆらゆらと揺らしながら――。

(なぜだ……なぜ彼女は余裕なんだ……?)

 勇者の心に、初めて焦りが生まれた。

 自分は人類最強の勇者。神に選ばれし者。この世に、自分より強い人間など存在しないはずだ。

 しかし、目の前の少女は――。

(まるで、俺を試しているような……いや、遊んでいるような……)

 背筋に、冷たいものが走った。

 もしかして、この少女は自分より二段も三段も上の実力者なのではないか? ふとそう思ってブンブンと首を振った。

 いや、そんなはずはない。そんな人間は、この世には――。

(くそっ……!)

 実力を見せつけるはずが、逆に踊らされている。その屈辱に、勇者の顔が歪んだ。

 おかしい……何かカラクリがあるはずだ――――。

 ふとその時、マオは全然攻撃してこないことに思い至る。攻撃に何か弱点でもあるのではないか――――?

(そうだ。僕の攻撃をよける練習ばかりしてきたに違いない。であれば……)

 勇者はクスッと笑うと、爽やかな笑顔を作り直す。

「よし! 今度は……マオちゃんから打ち込んできてごらん!」

 まるで先輩が後輩を指導するような、上から目線の提案だった。

〔おおおお! 勇者様の特別指導だ!〕
〔マオちゃん、防戦一方だったもんなぁ〕
〔人類最強に打ち込む!? 死んだ!〕
〔行けーー! マオちゃん! ぶっ飛ばせーー!〕

 視聴者が一気に沸き立った。

「いいのか?」

 マオが小首を傾げる。その赤い瞳に、危険な輝きが宿った。

(ふん……一発くらい、本気で殴ってやるか……)

 五百年間、歴代勇者を次々葬り去ってきたのだ。今代の勇者にも洗礼を軽く浴びせておこう――――。

(ちょっと陛下! 『殴ってやる』とか無しですよ?!)

 リリィの鋭い念話が飛んできた。

(本気で行って、わざと外して、そして負けてくださいよ! 分かってますね!?)

 マオにはなぜこうも考えていることが読まれてしまうのか? 首をかしげるしかなかった。

(くっ……。わ、分かっている……ちゃんと負ける……)

 マオはキュッと唇を結ぶと、ヒョイッと角材を放り上げた――。

 クルクルクル……。

 角材が空中で回転する。まるで大道芸人のパフォーマンスのように、華麗に、そして正確に。

 マオは勇者をにらんだままパシッ!と落下してきた角材の端をノールックで掴む。そして、ビシッと勇者に向けた。

「じゃあ……行きますよ」

「うん! おいで!」

 勇者が余裕の笑みを浮かべる。

 次の瞬間――。

 ドンッ!

 大地が爆発したかのような衝撃音と共に、マオが消えた。

 いや、消えたのではない。

 音速を超える速度で、地を蹴ったのだ。

 瞬きする間もなく、マオは勇者の懐に飛び込んでいた。

「そいやぁぁぁぁ!!」

 全身全霊を込めた、渾身の一撃。

 角材が、まるで巨大な鉄槌のように振り下ろされる。

〔うわぁぁぁぁ!!〕
〔速すぎて見えねぇ!!〕
〔これヤバくない!? マジでヤバくない!?〕

 しかし勇者は慌てず騒がず、聖剣を角材に合わせた。

 刹那、豆腐を切るように、あっけなく角材が聖剣に斬り裂かれていく――。

(バカめ……)

 マオの瞳が、勝利の確信に輝いた。

 これこそが狙いだった。角材を斬らせる瞬間、聖剣は自由を失うのだ。

 グイッ!

 切断された角材の残りを、マオは思い切り前に押し出した。
 聖剣はまだ角材を斬っている最中。引き抜くことはできない。

「なっ……!?」

 勇者の顔が、驚愕に染まった。

(しまった! 抜けない!)

 金属の剣なら、こんなことにはならない。勇者は戦闘経験の浅さを露呈してしまった。

 バランスを崩した勇者。

 その無防備な胴体に向けて、マオは短くなった角材を一気に叩き込む――――。