マオは背中から【ヒノキの棒】を引き抜いた。

 両手でグッと握りしめると、ふんっ!と気合を入れ、すっと勇者に向ける。

「あれ? マオちゃん、まだその角材なの?」

 レオンが不思議そうに首を傾げる。

「ワイバーンを倒した角材だ。何か問題でも?」

 マオが挑発的に言い返す。

「いや、まぁいいけど……それじゃあ僕の本気を見せられないかなって」

「ふーん。角材相手なら楽勝?」

 刹那、マオの赤い瞳に危険な光が宿った。

 シュッ!

 マオの姿が掻き消えた。

 いや、消えたのではない。人間の動体視力では捉えられない速度で前進したのだ。

 パシィィン!

 乾いた音を響かせ、マオの棒が聖剣の刀身を横から弾いた。

「うぉっ!?」

 レオンが驚愕の声を上げる。まさか、いきなり超高速の一撃が来るとは思わなかったのだろう。

〔速っ!!〕
〔今の見えた奴いる!?〕
〔マオちゃん容赦なさすぎワロタ〕
〔でも相手は勇者だぞ……大丈夫か……〕
〔頑張れマオちゃーーん!!〕

 視聴者の興奮が、一気に沸点に達した。

「なるほど……これは失礼した」

 レオンの表情が、一変した。

 遊びの色が消え、戦士の顔になる。

「君は……本物だ。全力で相手をさせてもらおう!」

 聖剣を正眼に構え直す。そして――。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン!

 まるで機関銃のような速度で、マオに向けて無数の突きが放たれた――――。

 その速度は、もはや剣先が見えない。青い光の軌跡だけが、網のように空間を埋め尽くしていく。

 しかし――。

 カンカンカンカン!

 マオは、その全てを角材で弾いていた。

 しかも、ただ弾くのではない。刃の部分に当てれば角材が切断されてしまうため、刀身の平らな部分だけを正確に叩いているのだ。

「やるなぁ……。でも、さばくので精一杯……かな? ふふふっ」

 一方、マオも必死だった。

(くっ……手加減が難しい……! つい本気で反撃しそうになる……!)

 五百年染み付いた戦闘本能が、全力での反撃を求めて暴れている。

「えっ!? も、もう始まっちゃったんですか!?」

 リリィが慌てた声を上げる。

「サキサカさんの準備がまだ……あ、大丈夫ですか?」

「はぁはぁ……す、すみません! サキサカです!」

 画面の端に、息を切らせた解説者の顔が映る。

「走ってきました! でも、これは……すごいカードですね! ビックリですよ!!」

「サキサカさん、ほんと急なお願いで申し訳ないです。早速ですがこの戦いをどうご覧になりますか?」

「正直、予想がつきません!」

 サキサカが興奮を隠せない様子で語る。

「勇者様は文字通り人類最強。負けるはずがない、いや、負けてはならない存在です。しかし……」

 画面には、角材一本で聖剣と互角に渡り合うマオの姿が映っている。

「マオ選手の強さも、もはや人間の領域を超えています。天井を落として勝つなんて、前代未聞でしたからね」

「つまり、どっちが勝つか分からないと?」

「ええ、まさに神の領域の戦いです! 【人類最強】対【最カワ女子】! 歴史に残る一戦を、共に見届けましょう!」

〔うおおおお!!〕
〔これが……これが本物の戦いか……〕
〔レベルが違いすぎる……〕
〔でも、マオちゃん防戦一方?〕
〔いや、勇者の方が必死に見える……〕

 視聴者数は、既に五万を超えていた。

 この前代未聞の対決の情報は、まるで稲妻のように世界中を駆け巡る。

 わずか数分で、大陸全土が騒然となった。

 そして、この配信を観ている者の中には――。

 王城に緊急招集された騎士団幹部たち。各国の上層部、軍の関係者。ギルドの幹部たち。全員が、慌てて画面の前に集まり、この戦いの行方を固唾をのんで見守っていた。

 ただし、その真の意味を理解している者は、やはりたった二人だったが――。


         ◇


 特に激震が走ったのは、王国の永遠のライバル――神聖アークライト教国だった。

 巨大な大聖堂を中心に広がる宗教都市国家。白亜の建築物が立ち並び、至る所に神の紋章が刻まれた信仰の中心地。

 かつては王国と肩を並べ、共に魔王軍と対峙してきた大国だった。

 しかし――。

 五十年前の停戦協定以降、両国の運命は残酷なまでに分かれた。

 王国は勇者を旗印に大胆な市場経済を導入。ヒト・モノ・カネが集まる一大経済圏を築き上げ、黄金時代を謳歌していた。

 一方、厳格な教義と伝統を守り続けたアークライトは、時代の波に乗り遅れた。経済は停滞し、若者は王国へ流出し、国庫は底を突きかけていた。

 アークライトが擁するのは聖女エリザベータ。

 彼女も確かに神の(ディヴァイン)恩寵(・グレイス)を持つ選ばれし者だった。しかし、その力は都市に結界を張り、疫病を祓い、民を癒すという、地味で目立たない防衛的なものだった。

 勇者のような華々しさはない。英雄的な活躍もない。

 教国復興のためには国威発揚のシンボルが、どうしても必要だった。

 そんな時に飛び込んできたのがこの配信だったのだ――――。