夏休み明けは、すぐに文化祭が行われる。規模的には小さなものだが二日間あり、招待チケットがあれば家族や他校の友人も参加可能だ。
第二学年はクラス展示がメインで、おれのクラスは一人一人がとっておきの写真を飾るという手抜き……クリエイティブな展示をする。
画廊のような雰囲気を醸し出すために教室の中はニュートラルカラーで統一し、机や椅子なんかはちゃんと大きな布で隠してある。教室の蛍光灯は切り、安いLEDライトを使って各作品を照らすスポットライトを作った。
「うん。なかなかの出来!」
「終盤の忙しいとき、瑞はいなかったじゃねーか」
ぺちんと頭を叩かれて、恨めしげに秀治を見上げる。ちゃんと謝ったし、クラス中にアメリカ土産を配ったのに!
……奇抜な色のグミは評判が悪かったのかもしれない。普通に美味しかったよ? 舌の色がすごいことになったけど。
展示監視員は少なく済むため、二日間みんなで交代しても負担ではない。そのぶん他のクラス展示や模擬店フードを食べに行けるので写真展万歳である。
初日は他のクラスにいる友人たちの展示を見に行ったり、両親が来て案内したりしていたらあっという間に一日が終わってしまった。体育館で行われる劇やライブも見に行きたいから、全然時間が足りない。
桔都のクラスはコスプレ写真館をやっていて、貸衣装を着て写真を撮ってもらえるという。見るだけの展示とは違って体験型なのがおもしろそうだ。
どこからか聞こえてきた噂では、お姫様の衣装を着れば桔都が王子様の格好をして一緒に写真を撮ってくれるらしい。
「聞いた? 桔都くんにお姫様抱っこしてもらった子もいるらしいよ!?」
「うそっ、やばい! 一日でダイエットして来なきゃ!」
(……ただの噂だよね?)
なんとなく桔都はそこまでしないんじゃないかと思うけど、それはおれの勝手な願望かもしれない。
女の子を抱き上げるのもあの体なら不可能ではないだろう。アクションヒーローたちへの憧れから、桔都はランニングと筋トレを欠かさない。細身で長身の体には美しい筋肉の線があり、同じ男として羨ましいほどなのだ。
(それに、脱いだらスゴイし……)
脳裏にあのときの映像がもわもわと浮かんできて、「わー!」と突然叫んでしまった。廊下で両手をパタパタ振る。
「なになに、敵襲!?」
「閣下、前方より奇襲部隊が……!」
「なんだとぉ!? じゃなくて、次どこ行く? 王子のとこまだ行ってないなら、行っとく?」
「……うん」
秀治はおれの気持ちを汲んだ提案をしてくれた。昨日は行けなかったし、王子様の格好をしているなら今日こそ見ておきたい。キラキラ感も三割増しくらいになっているに違いない。
しかし辿り着いてみれば、桔都のクラスの前も中もすごい人混みだった。なにか問題が起きた? と心配しながら背伸びしていると、おれより十センチ近く身長の高い秀治が「さすが王子」と呟く。
「まじで王子様の格好してる。そんで女子が群がってる」
「えー、見たい。肩車して!」
「やだよ。瑞には羞恥心ってものがないのか……」
これで我慢しろ、と秀治がスマホで写真を撮って渡してくる。そこには城を描いた妙に芸術的な背景の前で、爽やかに微笑む桔都の姿が写っていた。
アルカイックスマイルってやつ? 多分内心「早く帰ってフィギュアを愛でたい」とか思っていそうだ。お姫様抱っこはしていなくて安心した。
絵本から出てきたような青と白を基調とした軍服風の衣装は、貸衣装だと思うのだがよくできている。カリフォルニアで健康的に日焼けした肌もよく似合って、生身の王子様を見てしまったという感じがした。
眩しくて思わず目を細める。キラキラオーラを纏った桔都は、スマホのなかでも光り輝いている。
「ひゃっ、百倍増し……!」
「は? まーあんなの似合う奴そうそういねーよな」
秀治の反応は薄い。それよりもおれのコスプレが面白そうだと言い出して、桔都の教室に後ろのドアから入っていく。
撮影ブースは前後二か所に分かれていて、桔都のいない後ろの方は空いていた。というかこれ、人混みで客も見えてないだけなんじゃないの?
そこには桔都の取り巻きとも違う、どちらかというとおれたちに近い地味……落ち着いたオーラを持った眼鏡の男女が待っていた。
「あ、お客様だ! 二名様ですね〜。どんな衣装がお好みですか? これとか……これなんて似合いそうです!」
「俺はいいんで、こいつだけ。ん~……この衣装で!」
受付をしてくれた眼鏡男子はおれを見て謎のゆるキャラっぽい着ぐるみや、黄色い帽子のついた小学校の制服みたいな衣装を指さす。ゆるキャラの絶妙に可愛くない顔に見惚れていたおれは、秀治が勝手に選んだ衣装を見ていなかった。
「ほほぉ、なるほど……今なら暇なのでメイクのサービスつきです! ささっ、えーっと、相良くんだったよね? こっちへ!」
顎に手を当てた眼鏡女子、もとい岸多がよくわからないことを言っておれを奥の区切られたスペースへと連れていく。着替えたりする場所のようで四方が衝立で囲まれ、机と椅子が一脚置かれていた。
男子二人はその場に取り残されている。おれも女子の前で着替えるのはちょっと……と思ったのだが、彼女はおれの顔をいじりたいだけらしい。
言われるがまま渡されたヘアバンドをつけると岸多は「えっ……」としばらく固まってしまう。丸い額を出したおれがきょとんと首を傾げてようやく、彼女は動きを取り戻した。
「原石……原石キタ……」
「え?」
「髪も少し留めていい? 相良くんの目を見せた方がいいと思うの」
「いい、けど……ちょっと恥ずかしいな」
「カッッ!」
岸多はバッと衝動的に見える動きでスペースの外に顔を出し、すーはー深呼吸を三回して戻ってくる。おれはその隙に自分の匂いを嗅いだ。
(臭く……ないよね? さっきフランクフルト食べちゃったけど)
正気を取り戻した彼女がおれの目尻に細いアイラインを引く。唇に薄ピンクのリップを塗られてから、ようやく気づいた。
「これ……もしかして、女装?」
「まぁまぁまぁ!」
大雑把に宥められて、前髪をピンで留められた。
今度はすれ違いで衣装を持った眼鏡男子の山岸が入ってくる。彼はおれを見て一瞬固まったのち、スペースの外に片手を出した。
隙間から見てしまった。彼がグッジョブ! と言わんばかりに親指を立てていたことを。なんなんだろうこの二人。
着るように渡された衣装は、ファンタジーアニメやゲームに出てきそうな町娘風のワンピースだった。王子様やお姫様以外にも、町民の衣装があったらしい。全員揃ったら劇でもできそうだ。
サイズ的に無理だと思ったけど、コルセット風の紐を調整すればなんとか着られた。茶色がベースの素朴な衣装だが、白や黄色の小花があちこちに付いていて意外と可愛らしい。
長袖で丈も足首まであるからこそ、なんとかぎりっぎり、見られないこともない町娘が出来上がった。頭もゆるくウェーブした髪が耳を隠すほど伸びているため、女の子に見えなくもない。
百メートルくらい離れて見れば!
「よく似合います! 可愛いですね!」
「はぁ、どうも」
あからさまな社交辞令をいなしてスペースの外に出ると、おれを見た秀治はぽかんと口を開けたまま目を見開いていた。
「おーい、秀治ぃ? 間抜けな顔すんなよ、これお前のチョイスだかんな!」
「あ、あぁ……なんか、想像以上に……」
「ひどいことゆーな!」
肘で脇腹の辺りをどつくと、いいところに入ってしまったのか顔を赤くして呻く。そんな秀治を差し置いて、手作り感満載の撮影ブースへとドシドシ歩いた。
平凡男子の女装なんて痛いだけだ。さっさと終わらせてさっさと脱ごう!
芸術的な城の絵とは違い、こちらは素人感満載のお花畑の背景だ。何枚か種類があるようだけど、美術部が関わっているかどうかの差に違いない。
岸多がチェキで記録として残すらしい写真を撮ってから、山岸に何枚かスマホで写真を撮ってもらう。二日目ですっかり慣れたのか、「いいね~」「次はこのポーズで」「目線こっちに!」と二人の指示が飛ぶ。
特に岸多はメイクの出来栄えに満足しているためか「可愛い~!」と何度も言ってくれるので、へへと照れた。社交辞令でも何度も言われれば嬉しいものだ。誉め言葉に罪はない。
ふと桔都のいる方を見遣ると……ちょうどバチッと目が合ってしまった。やはり視線を集めると疲れるのか、女子の着替え待ちの間は背景の後ろに置かれた机に腰掛けているみたいだ。
桔都はギョッとしたように目を見開いている。母には写真を見せて笑ってもらおうと思っていたけど、桔都には不評かな?
「あ! 相良さん、間違えて僕のスマホで撮っちゃってました……あとでライン交換してもらっていいですか? 写真送るんで!」
たくさん撮ってくれた山岸がやっちまったという顔をする。自分のスマホで撮り直してもらうのも申し訳ないし、快諾だ。
「うん、もちろんいいよ!」
「だめ」
第二学年はクラス展示がメインで、おれのクラスは一人一人がとっておきの写真を飾るという手抜き……クリエイティブな展示をする。
画廊のような雰囲気を醸し出すために教室の中はニュートラルカラーで統一し、机や椅子なんかはちゃんと大きな布で隠してある。教室の蛍光灯は切り、安いLEDライトを使って各作品を照らすスポットライトを作った。
「うん。なかなかの出来!」
「終盤の忙しいとき、瑞はいなかったじゃねーか」
ぺちんと頭を叩かれて、恨めしげに秀治を見上げる。ちゃんと謝ったし、クラス中にアメリカ土産を配ったのに!
……奇抜な色のグミは評判が悪かったのかもしれない。普通に美味しかったよ? 舌の色がすごいことになったけど。
展示監視員は少なく済むため、二日間みんなで交代しても負担ではない。そのぶん他のクラス展示や模擬店フードを食べに行けるので写真展万歳である。
初日は他のクラスにいる友人たちの展示を見に行ったり、両親が来て案内したりしていたらあっという間に一日が終わってしまった。体育館で行われる劇やライブも見に行きたいから、全然時間が足りない。
桔都のクラスはコスプレ写真館をやっていて、貸衣装を着て写真を撮ってもらえるという。見るだけの展示とは違って体験型なのがおもしろそうだ。
どこからか聞こえてきた噂では、お姫様の衣装を着れば桔都が王子様の格好をして一緒に写真を撮ってくれるらしい。
「聞いた? 桔都くんにお姫様抱っこしてもらった子もいるらしいよ!?」
「うそっ、やばい! 一日でダイエットして来なきゃ!」
(……ただの噂だよね?)
なんとなく桔都はそこまでしないんじゃないかと思うけど、それはおれの勝手な願望かもしれない。
女の子を抱き上げるのもあの体なら不可能ではないだろう。アクションヒーローたちへの憧れから、桔都はランニングと筋トレを欠かさない。細身で長身の体には美しい筋肉の線があり、同じ男として羨ましいほどなのだ。
(それに、脱いだらスゴイし……)
脳裏にあのときの映像がもわもわと浮かんできて、「わー!」と突然叫んでしまった。廊下で両手をパタパタ振る。
「なになに、敵襲!?」
「閣下、前方より奇襲部隊が……!」
「なんだとぉ!? じゃなくて、次どこ行く? 王子のとこまだ行ってないなら、行っとく?」
「……うん」
秀治はおれの気持ちを汲んだ提案をしてくれた。昨日は行けなかったし、王子様の格好をしているなら今日こそ見ておきたい。キラキラ感も三割増しくらいになっているに違いない。
しかし辿り着いてみれば、桔都のクラスの前も中もすごい人混みだった。なにか問題が起きた? と心配しながら背伸びしていると、おれより十センチ近く身長の高い秀治が「さすが王子」と呟く。
「まじで王子様の格好してる。そんで女子が群がってる」
「えー、見たい。肩車して!」
「やだよ。瑞には羞恥心ってものがないのか……」
これで我慢しろ、と秀治がスマホで写真を撮って渡してくる。そこには城を描いた妙に芸術的な背景の前で、爽やかに微笑む桔都の姿が写っていた。
アルカイックスマイルってやつ? 多分内心「早く帰ってフィギュアを愛でたい」とか思っていそうだ。お姫様抱っこはしていなくて安心した。
絵本から出てきたような青と白を基調とした軍服風の衣装は、貸衣装だと思うのだがよくできている。カリフォルニアで健康的に日焼けした肌もよく似合って、生身の王子様を見てしまったという感じがした。
眩しくて思わず目を細める。キラキラオーラを纏った桔都は、スマホのなかでも光り輝いている。
「ひゃっ、百倍増し……!」
「は? まーあんなの似合う奴そうそういねーよな」
秀治の反応は薄い。それよりもおれのコスプレが面白そうだと言い出して、桔都の教室に後ろのドアから入っていく。
撮影ブースは前後二か所に分かれていて、桔都のいない後ろの方は空いていた。というかこれ、人混みで客も見えてないだけなんじゃないの?
そこには桔都の取り巻きとも違う、どちらかというとおれたちに近い地味……落ち着いたオーラを持った眼鏡の男女が待っていた。
「あ、お客様だ! 二名様ですね〜。どんな衣装がお好みですか? これとか……これなんて似合いそうです!」
「俺はいいんで、こいつだけ。ん~……この衣装で!」
受付をしてくれた眼鏡男子はおれを見て謎のゆるキャラっぽい着ぐるみや、黄色い帽子のついた小学校の制服みたいな衣装を指さす。ゆるキャラの絶妙に可愛くない顔に見惚れていたおれは、秀治が勝手に選んだ衣装を見ていなかった。
「ほほぉ、なるほど……今なら暇なのでメイクのサービスつきです! ささっ、えーっと、相良くんだったよね? こっちへ!」
顎に手を当てた眼鏡女子、もとい岸多がよくわからないことを言っておれを奥の区切られたスペースへと連れていく。着替えたりする場所のようで四方が衝立で囲まれ、机と椅子が一脚置かれていた。
男子二人はその場に取り残されている。おれも女子の前で着替えるのはちょっと……と思ったのだが、彼女はおれの顔をいじりたいだけらしい。
言われるがまま渡されたヘアバンドをつけると岸多は「えっ……」としばらく固まってしまう。丸い額を出したおれがきょとんと首を傾げてようやく、彼女は動きを取り戻した。
「原石……原石キタ……」
「え?」
「髪も少し留めていい? 相良くんの目を見せた方がいいと思うの」
「いい、けど……ちょっと恥ずかしいな」
「カッッ!」
岸多はバッと衝動的に見える動きでスペースの外に顔を出し、すーはー深呼吸を三回して戻ってくる。おれはその隙に自分の匂いを嗅いだ。
(臭く……ないよね? さっきフランクフルト食べちゃったけど)
正気を取り戻した彼女がおれの目尻に細いアイラインを引く。唇に薄ピンクのリップを塗られてから、ようやく気づいた。
「これ……もしかして、女装?」
「まぁまぁまぁ!」
大雑把に宥められて、前髪をピンで留められた。
今度はすれ違いで衣装を持った眼鏡男子の山岸が入ってくる。彼はおれを見て一瞬固まったのち、スペースの外に片手を出した。
隙間から見てしまった。彼がグッジョブ! と言わんばかりに親指を立てていたことを。なんなんだろうこの二人。
着るように渡された衣装は、ファンタジーアニメやゲームに出てきそうな町娘風のワンピースだった。王子様やお姫様以外にも、町民の衣装があったらしい。全員揃ったら劇でもできそうだ。
サイズ的に無理だと思ったけど、コルセット風の紐を調整すればなんとか着られた。茶色がベースの素朴な衣装だが、白や黄色の小花があちこちに付いていて意外と可愛らしい。
長袖で丈も足首まであるからこそ、なんとかぎりっぎり、見られないこともない町娘が出来上がった。頭もゆるくウェーブした髪が耳を隠すほど伸びているため、女の子に見えなくもない。
百メートルくらい離れて見れば!
「よく似合います! 可愛いですね!」
「はぁ、どうも」
あからさまな社交辞令をいなしてスペースの外に出ると、おれを見た秀治はぽかんと口を開けたまま目を見開いていた。
「おーい、秀治ぃ? 間抜けな顔すんなよ、これお前のチョイスだかんな!」
「あ、あぁ……なんか、想像以上に……」
「ひどいことゆーな!」
肘で脇腹の辺りをどつくと、いいところに入ってしまったのか顔を赤くして呻く。そんな秀治を差し置いて、手作り感満載の撮影ブースへとドシドシ歩いた。
平凡男子の女装なんて痛いだけだ。さっさと終わらせてさっさと脱ごう!
芸術的な城の絵とは違い、こちらは素人感満載のお花畑の背景だ。何枚か種類があるようだけど、美術部が関わっているかどうかの差に違いない。
岸多がチェキで記録として残すらしい写真を撮ってから、山岸に何枚かスマホで写真を撮ってもらう。二日目ですっかり慣れたのか、「いいね~」「次はこのポーズで」「目線こっちに!」と二人の指示が飛ぶ。
特に岸多はメイクの出来栄えに満足しているためか「可愛い~!」と何度も言ってくれるので、へへと照れた。社交辞令でも何度も言われれば嬉しいものだ。誉め言葉に罪はない。
ふと桔都のいる方を見遣ると……ちょうどバチッと目が合ってしまった。やはり視線を集めると疲れるのか、女子の着替え待ちの間は背景の後ろに置かれた机に腰掛けているみたいだ。
桔都はギョッとしたように目を見開いている。母には写真を見せて笑ってもらおうと思っていたけど、桔都には不評かな?
「あ! 相良さん、間違えて僕のスマホで撮っちゃってました……あとでライン交換してもらっていいですか? 写真送るんで!」
たくさん撮ってくれた山岸がやっちまったという顔をする。自分のスマホで撮り直してもらうのも申し訳ないし、快諾だ。
「うん、もちろんいいよ!」
「だめ」



