東京と同じようにカリフォルニアのディズニーリゾートには二つのテーマパークがあり、ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーパークの方にはアベンジャーズ・キャンパスというファン垂涎のエリアがある。

 エリアに入った途端、「わ……」と桔都は感動で固まってしまったのが可愛かった。エリア全体がマーベルのスーパーヒーローの世界観で統一されていて、最近桔都の影響を受けているおれもテンション爆上がりだったのは言うまでもない。

 USJを懐かしみながらスパイダーマンのアトラクションに乗り、外ではスパイダーマンが建物の間を飛び回るスタントショーも偶然見ることができた。星凪はアテンドが上手く、突き抜けて明るく、気づけばおれも全力でパークを楽しんでいた。

 夜になって星凪と解散する頃には「また会おうな!」と肩を組み合い、盛大に手を振って見送った。
 星凪は親の転勤で近く東京に戻るらしく、電車を使えばそれほど遠くない逢坂家にも泊まりに来ると宣言して去っていく。

 だけど迎えに来た親の車に乗り込んだ星凪を見て、ついホッとしてしまった。一緒に行動している間、桔都も丞さんも長い期間の空白を埋めようとするみたいに星凪にたくさん質問して懐かしい話で盛り上がり、しばしば疎外感を覚えていたのだ。

 こんなにも楽しいのに、みんなと一緒にいるのに、どうしてなんだろう。母と二人だった時はもっと一人の時間が長くて、ここまで賑やかに過ごすことはなかったように思う。
 いつの間にか欲張りになってしまった心を抱え、夜になってより一層美しく光り輝くテーマパーク内を歩いた。

「なんかさー、アメリカの人って距離感近いよな?」
「う、うん。僕もそう思う」
「だよな! 星凪もボディタッチ?が多くて、おれびっくりしちゃったもん」
「……そうだった?」

 二日間遊びつくしたおれたちは、ホテルの部屋のベッドの上でまったりくつろいでいる。

 ハネムーンというにはお邪魔虫が二匹もくっついているが、とにかく親とは部屋が分かれていて桔都と二人部屋だ。時差ぼけもあったからか即爆睡してしまった昨晩と比較して、今日は少し余裕がある。
 眠いは眠いけど……こうして二人でゆっくり話す時間がおれは好きだった。前と比べれば、桔都もだんだんとつっかえずに話してくれるようになっているし。

 おれがずっと気になっていた星凪のボディタッチについてさり気なく言及すると、桔都は思い当たらなかったのか首を傾げる。自分が過剰に反応していただけなのかとがっくり項垂れていたとき、「ああ、」と思いついた声が隣のベッドから上がった。

「瑞にべたべた触ってた」
「そっちぃ~? 全然べたべたって感じじゃなかった……と、思う」

 桔都に触っていたことを言ったつもりだったのに、桔都の答えは食い違っている。
 どっちかと言うと星凪はさっぱりした性格で、べたべた触られた記憶はない。桔都にべたべた触ってるな~とは思ってたけど。これが過ごしている国の違いか、って。

 とはいえ、二人の距離感についてはそれ以上考えないようにする。おれが星凪と比較して桔都の過去を詳しく知らないのは事実だし、いま無遠慮にそれを聞くのは間違っているだろう。

 両親は過去をさらけ出して納得しあった上で結婚したんだろうけど、自分たちはまだ家族になってたった三か月。いつかその時が来たら、話してくれるときが来るはずだ。
 だから、寂しいなんて考えちゃいけない。

「なー……今日、一緒に寝ていい?」
「え……えっ!?」

 桔都はなぜか二段階で仰天した。一緒にというのは同じベッドで、という意味である。
 アメリカのベッドは大きく高さもあって、日本でおれが使っているベッドとは二倍くらいの大きさに感じる。一緒に寝ても十分な広さがあるし、昨日感じた孤独はまだ胸の中に巣食っている気がして、桔都に甘えたくなったのだ。

 でも想像さえしていなかったという顔で驚かれてしまえば、さすがに申し訳なくなる。家族なら甘えてもいいかなと思ったけど……

「ごめん。やっぱ今のなしで」
「いい! い、いいから。一緒に、寝よう」
「え、いいの?」

 捨てられた子犬みたいな目をしていたのだろうか。桔都はなにかを決心した面持ちで頷き、大きなベッドの片側に寄って、寄って、寄って……ドスンとベッドの向こう側に落ちた。

「大丈夫!? ベッド高いから痛いよな?」
「ううう……」

 呻き声は悲痛で可哀想だったけど、なんとか復活したらしい。もっとこっち来な? と桔都のベッドなのにおれが声を掛け、そろそろと真ん中より少し向こう側に落ち着いた。

 なんだかドキドキしている。それも嫌なドキドキじゃない。
 たくさんある枕のうち一つを自分のものと決めて、パフパフ空気を抜く。枕が高い気がしたからで、特に意味はない。

「修学旅行みたいだな」
「うん」
「家族って、いいな」
「うん」

 他愛ない話でも、桔都はひとつひとつ相槌を打ってくれる。避けるなとかつて怒ったからかもしれないけど、桔都がおれに意識を向けてくれていると感じるだけで満たされた心地になる。

 おれはゴロンと寝転がって桔都の方を向いた。桔都はまっすぐ仰向けになり、眉間に皺を寄せて目を閉じている。

「もう寝るの?」
「……そうしようと、思う」
「そっか。おやすみ」
「……おやすみ」

 いつもこんな険しい顔で寝てるのかな、なんて思いつつベッドサイドのランプを消した。一瞬で体が寝るモードになって、くぁと欠伸が出る。

 心地よい眠気が忍び寄ってきて、瞼を伏せた。体温を感じるほど近くはないけれど、お互い身じろぎすればシーツの動きを感じるくらいの距離にいる。
 日本から遠く離れた地で、桔都とふたりで眠っている。ふあふあとした安心感に包まれ、幸福な眠りについた。



「ううん、」

 ホテルのエアコンは強めで、肌寒さを感じていた。体にシーツを巻き付けるようにして肌を守ると、ほのかな温もりが近くにあることに気づく。擦り寄ってみる。

「ヒッ」

 あったかい。暑すぎず寒すぎず、柔らかな湯たんぽみたいだ。
 大きな湯たんぽに抱きついて、ハーツパンツで寒かった脚も絡めてしまう。自分の体よりも大きな湯たんぽにすっぽりと包まれる形になって、おれは満足の鼻息を鳴らした。

「むふぅ」
「ひぇぇ……」



 ピピピ! スマホのアラームが鳴って、目をしょぼしょぼさせる。

「んー……」

 ピピピピピ! しつこいアラームを止めようと、手探りでシーツの上を探す。
 ていうかなんだ? おれが抱きついているモノは、枕でもクッションでもなかった。ヒトみたいな凹凸がある。

 ピー! ピー! ピー!

「あっ、――桔都か! おはよう……って顔どした!?」

 ようやく意識をはっきりさせると、自分が全身で桔都に抱きついていることに気づく。
 胸から顔を上げ桔都を見上げて挨拶をすると、くだんの男はかっ開いた目を血走らせたまま明後日の方向を見て硬直していた。瞬き、してる?

「ごめん、おれが邪魔で眠れなかった?」
「だ、だ、だ、大丈夫……」

 あまりに弱々しい返事に、反省する。絶対寝てないやつだこれ。
 やらかしちゃった。昔修学旅行でも寝ぼけて友だちに抱きついて、怒られたんだよなぁ。

 もう起きて準備をしないと、両親との朝食に間に合わない。桔都に「朝食食べる? もう少し寝てる?」と尋ねれば、「寝てる……」と小さな声で返ってくる。
 今日はハリウッドへ行って観光する予定なのだ。移動で多少寝られるとしても、最初から寝不足はつらいだろう。

 仕方なく一人で準備をして、両親と合流する。桔都が寝られなかったらしいと伝えれば「朝食を包んでもらえるか聞いてみよう」と丞さんが提案してくれた。丞さんは英語もペラペラだし、すごく頼りになる。

 自分のせいだとわかっていて申し訳なかったので、ミッキーのボックスにサンドイッチとジュースをもらえた時は心底ほっとした。





 小さなトラブルを挟んだものの、かつてないほど大充実の夏休みを終えた。
 来年は受験生だなんて、信じられる? いや、自分は信じない。目の前の一瞬一瞬を大切にするのだ!