なんて言われるかな……とドキドキしていたおれは、桔都が口を開けて固まったのを見て「ん?」と首を傾げた。そういえば、同時に桔都もなにか言っていたような。

「あれ?」
「瑞……ほんとに?」
「ちょっと待って桔都なんて言った!?」

 桔都にはおれの告白が聞こえていたらしい。ガシッと両手で肩を掴まれて、展開について行けないおれも桔都の肩を掴む。
 思わず大きな声を出してしまった。ここでのすれ違いはまずい気がするよ!?
 
 暗い方が言いやすいなと家の門を抜けてから玄関前で話していたため、慌てて家の中に入る。玄関の煌々と明るいライトに照らされて、桔都の顔は真っ赤になっていた。
 まさか、と思う。期待していいの……?

「さっきの、被っちゃって聞こえなかったから……もう一回言ってほしい」
「……ぼっ僕も、瑞のことが、好きだ」

 今日は一段とかっこいい桔都が、誤魔化しようもないほど耳まで赤くしている。つられて自分まで顔が熱くなってくる。
 つい勢いに任せてしまったけれど、「好き」と口にした途端不安が心を埋め尽くしていた。なのに今はびっくりして嬉しくって、心臓がドコドコと太鼓のように鳴り響いている。

「信じ、られない……」
「それ、僕の台詞なんだけど」
「わっ」

 桔都がおれを抱きしめてくる。お互いコートを着たままだからまふっとぶつかって、それでも耳元に桔都の息を感じると抱き締められている現実を実感した。

「わあ……」

 すごい。両想い、すごいです。

 お返しにそろそろと桔都の背中に腕を回すと、ビクッと桔都の肩が揺れる。驚かせちゃったかな? でもせっかくだし、ぎゅうっと抱きしめ返しておこう。

 しばらく恋人同士のハグを堪能してから、ずっとこうしてる訳にもいかないんだろうな……と気づいて桔都からそっと離れた。

「手、洗おうか」
「うん」

 洗面所へ向かうと、おれのあとを桔都がトコトコ歩いてついてくる。なんだか懐かしい気持ちになりながら、二人で手を洗った。

 日が沈むのが早い季節だから、イルミネーションを見て帰ってきても両親が夕飯を食べて帰ってくるまでには時間がある。
 ふわふわと幸せな気分をもう少し堪能したかったから、長い夜に感謝した。

「桔都はなにしたい?」
「えっ!」

 夕飯の内容を含め、ゲームとか一緒にできるもので遊びたいなぁと考えながらやりたいことを尋ねると、桔都はまたポポッと頬を染めて狼狽えた。
 目をウロウロと彷徨わせて、迷っているようにも見える。挙動不審な桔都は久しぶりだ。

 おれも自分で考えてみて、一つ思いついたことがあった。ゲームより、ゆっくりしたい気分だし……

「映画はどうかな? ほら、この前配信が始まったあれ……」
「「アベンジャーズの新作!」」

 声が重なって、桔都も一緒に見たかったんだと知る。夕飯は久しぶりにピザを取ることにした。それなら食べながらでも見られる。
 この前の宅配ピザ屋さんが美味しかったのでまたチラシを探し出してきて注文するものを選んでいると、脳裏にピカ! と閃いたことがあった。

「あっ。ポップコーンとコーラ! やりたい!」
「いいね。コーラはあるけど、ポップコーンは……ないかも……」
「ふふふふふ」

 ピザ屋のメニューを見ながらしょんぼりしている桔都の肩をポンと叩き、おれはキッチンへと歩いて行ってストッカーを開けた。
 じゃーん! と掲げて見せたのは、フライパン型の容器に入っているポップコーンキットだ。コンロにかけるだけで簡単に作れるものを、この前見つけて買っておいたのだ。

 ピザとコーラを注文し、また片言の日本語で確認の電話を受け、一旦着替えることにした。映画を見るなら部屋着になりたい。

 先に着替えてリビングで待っていると、いつものジャージと眼鏡に戻った桔都が現れた。お互いに髪型はそのままだからちょっと変だ。
 ともあれ、今日はおれもおしゃれな服を脱いだ瞬間ホッとしてしまった。普段の桔都の気持ちがすごくよくわかる。

「桔都さん。お互い、本来の姿に戻りましたね」
「はい。戻りました瑞さん」
「我々はパワードスーツを手に入れましたが、本来の自分を大切にすることが活躍への一歩だと思いませんか?」
「はい。僕もそう思います」
「ではまず、ポップコーンを作りましょう!」
「はい!」

 ポンポンと豆の弾ける音で桔都が飛び上がったのを見て笑い、出来上がったバター味のポップコーンにマヨネーズを直に掛けようとして止められた。
 桔都のアドバイスでマヨネーズとケチャップを別添えにしたら、なんだかフライドポテトみたいになって面白い。

 ピザとコーラが届くまでにはもう少し時間がかかるため、テレビ前のテーブルにポップコーンをセッティングしてさっそく映画をつけた。ソファに座ると、いつもより近い位置に桔都が腰掛けたからドキドキしてしまう。
 さっきは抱きしめられたけど、今度は部屋着だからか、なんかすごい近い感じが……!

「わ~楽しみ! 最高のクリスマスだな!」
「瑞、こっち向いて」
「ん? ――っ!!」

 緊張を取り繕うようにテンション高めに声をかけると、桔都に呼ばれる。
 隣に顔を向けると直後、ちゅ……と唇に柔らかいものが当たった。接近していた顔が離れていく。

「クリスマスが記念日なら、忘れないな」
「…………」

 イケメンの照れ笑いが、国宝級なんですけどぉ~~!?

 はわ、とか声にならない声を上げながら、おれは初キスの感触を反芻した。外していた眼鏡を掛けつつ「ほら、映画始まるよ」と言われましても。字幕の文字が全く頭に入ってこない。

 部屋を暗くしたときに点灯させたクリスマスツリーは絶え間なく煌めき、壁に飾られた家族写真をピカピカと照らしている。

 おれはなんとか隣に座る恋人ではなく、映画に集中しようとした。でも、おれにとってのスーパーヒーローは間違いなく桔都であるわけで……宅配のインターホンが鳴ったときにビクン! と過剰に驚いてしまうほど、意識は桔都に向かいっぱなしだった。

 まあ、そんなクリスマスの思い出も悪くはない。それどころか、これから何年経っても「幸せな日だったな」と思い出してしまうだろう。

 ――恋はまだまだ始まったばかりだ。

 この先、隙あらばキスを仕掛けてこようとする桔都との攻防や、一緒に寝る? と誘われて無邪気に快諾したおれが一睡もできない夜を過ごす日が訪れることも、まだ想像さえできない未来の話。