おれが事実を必死で受け入れようとしている間に、トークショーは終盤に迫っていた。月乃が『今日の素敵なファッション』を選出する企画で、選ばれた人には東京ディズニーリゾートのペアチケットが当たるらしい。
立候補した人がステージへと上がり月乃に審査してもらうのだが、おれは「いくら景品が豪華でも、こんな大勢の前でファッション査定されるのは結構恥ずかしいよな~」と完全に他人事だった。
――しかし突然桔都に手を掴まれたかと思うと、おれの手は天に向かって上げられていた。
「はい!」
「お、一番乗りは先頭の男の子たちですね~! さっそくステージの上へどうぞ!」
「え? え? え?」
桔都が立候補した聞き間違えようのない声と、司会者の楽しそうな声。おれは桔都と手を上げていた形になるため、そのまま引っ張られてステージ上へと連れていかれてしまう。
階段を上って観客の方を向くと、見渡す限りの群衆が広がっていてくらりと目眩がした。
(な、なんでおれはこんなところに……!?)
その後もあちこちで立候補する人が現れ、総勢十人がステージの上に集まる。
月乃ファンが殺到するかと思われたが、やはり羞恥心が上回るのだろう。それに桔都みたいな人が最初に出てきたら、「絶対勝てない……」となった人もいるに違いない。
「桔都ぉ、なんでおれも……?」
「瑞が一番素敵だと思ったから。それに、たまにはいいじゃん? 一緒に楽しもうよ」
桔都の背中に隠れるようにしてコソコソと話しかけると、振り返って口説き文句みたいな台詞が降ってくる。王子様モードの桔都はいつも以上にたちが悪く、こんな状況なのに恋の心臓がときめいた。
立候補者は順番に自己紹介とファッションのポイントを喋らないといけないらしく、いくら能天気なおれといえど心臓が喉の奥から飛び出してきそうだ。
「うう……」
「瑞、大丈夫だから。背筋伸ばして、視線上げて」
ポンと背中に手が置かれ、言われるままに背筋を伸ばすと自然と大きく息が吸える。深呼吸をすると視界が明瞭になって、こちらに手を振っている星凪の姿が見えた。手を振り返すと、自然に自分も笑顔になる。
(あ、秀治と彼女もいるじゃん)
ポカンと口を開けておれの方を見ている秀治がおもしろくって、そちらにも手を振っておいた。そうしていると、だいぶリラックスできた気がする。
桔都がスムーズに喋り終え、おれの順番はすぐに回ってきた。
「では、次の方も高校生かな? 自己紹介からお願いします!」
「えっと、相良瑞です」
「ミズキくん! 今日のファッションのポイントを一言で教えてください!」
「クリスマスに家族から貰ったマフラーが、あったかい、です!」
「ははっ、可愛いですね! では、ありがとうございま~す!」
我ながらもっと他に回答なかったの? と情けなくなったが、おれの一言で会場中の人が笑ってにこやかなった。
もう喋ることはないと一安心してまた観客の方を見渡していると、驚いた顔をしてこちらを見ている同級生を結構たくさん見つけることができた。
もしかして、自己紹介で初めておれだと気づいたのかもしれない。我ながら存在感ないからな……
全員の話が終わり、いよいよ月乃が最終結果を発表する。
「では、月乃さんに『今日の素敵なファッション』さんを発表していただきましょう!」
自分が選ばれる訳などないとわかっていても、ありがちなドラムロールの効果音が流れ出すとやっぱり緊張してきた。桔都が選ばれたら嬉しいな。
――ドゥルルルルルル…………シャーン!
「私が選んだのは……ミズキさんです!」
「おめでとうございま~す! どうぞ、景品の授与があるので前へ前へ!」
「え……っ?」
月乃の口からおれの名前が出てくると、ワッという歓声と大きな拍手が聞こえてくる。おれは戸惑ったまま周囲に導かれ、月乃の正面に立たされた。もはや衝撃が緊張を凌駕している。
月乃はマイクを持って、みんなお洒落だったものの、クリスマスに家族にもらったものを身に着けているおれを選びたくなったと語っている。
そのほかにもおれがスコンと忘れていたマフラーの巻き方やロングコートの色、白い靴下がいいポイントになっているとたくさん褒めてくれた。
最後に景品を貰ってステージを下りると、星凪が駆け寄ってきたので三人で「やったね~!!」と肩を組んだ。ようやく実感が湧いてくる。
(すごい! 嬉しい!)
真後ろにいた女の子たちにも「おめでとうございます!」と祝われて盛大に照れてしまった。連絡先を訊かれたときには桔都が断ってくれて助かった。
トークショーもそのまま終わりとなり、集まっていた観客も散らばっていく。もっとも、逆におれたちの周りには同級生が集まってきていた。
同じクラスの人もいたが、名前は知っているけれど喋ったことのない人たちばかりがやってきて、おれを「私服かっこいいな」と絶賛していく。
横に立つ桔都と見比べてから「仲、良かったんだな!」と好意的な笑顔で言ってくれる人も多くて安心した。
だがおれは気づいた。少し離れたところから、不満げにこちらを見る三人組がいることを……
「篠元、仲、隅川。来てたんだ?」
今度は桔都が話しかけた。人混みが減って、三人共気合いの入ったお洒落をしていることがわかる。さっき立候補しなかったのが不思議なくらいだ。まあ、桔都の方がお洒落だけど。
篠元が何か言おうとするみたいに口を開く。が、別方向からやってきてみんなの視線を奪ったのは直前までトークショーをやっていた主役だった。
「みんなお疲れ~! ミズキくん、星凪のお友達だったんだね? 緊張して客席見られなくてさあ」
「わ、月乃さん。お疲れさまでした! トークショー、すごかったです! 全然緊張してるように見えなかったです!」
「なんのなんの。ミズキくんすっごく可愛くて格好いいんだもん! 桔都と二人で並んでると眼福だわ~。一緒にモデルやらない?」
「いや、いやいや……」
間近で見るモデルの美しさに、みんな恍惚と憧れの入り混じった表情をしている。月乃はおれと話して満足したのか、星凪の肩を叩いて「行こう!」と誘った。
「弟貰ってくね~! 今度東京遊びに来てねっ」
「月乃さん、星凪。またね~!」
月乃は見た目だけじゃなく性格も星凪と似ていて、さっぱりと明るい。彼女が去ると白昼夢を見ていたかのようにハッとする人が続出して、「今の、夢……?」と頬を抓ったりしていた。
おれも有名モデルの弟を今日まで家に泊めていたのが、未だに信じられない。
「じゃあ、僕たちも行くから。また休み明けな」
いい区切りだと思ったのだろう。桔都がおれの背中をさり気なく押して、みんなから離れて歩き出す。振り返って手を振ると、先ほどまで喋ったことのなかった人たちがみんな、ブンブン手を振り返してくれるのが嬉しかった。
「はぁ……すごかったね~……」
「改めておめでとう。瑞が一番だって、わかってたけど嬉しい」
「へへへ、馬子にも衣裳といいますか。桔都たちが飾り立ててくれたおかげだから! それに、桔都の方が、百倍かっこいいし……」
「それ、本当に?」
喜びを噛みしめて桔都と二人で話していると、なんだか全てが夢だったような気がしてくる。でもコートのポケットには確かに景品の封筒が入っていて、歩くと微かにカサと音を立てる。
おれが桔都を比較対象として出すと、桔都は改めて聞き返してきた。自然と足が止まる。
いつの間にか日は沈みかけ、空は薄い藍色になっていた。どうしてそんなに真剣な表情で尋ねてくるのだろう。
格好いいなんて、飽きるほど言われ慣れているに違いないのに、おれだって何度も言ったことがあるのに、今初めて聞こうとしているみたいな緊張が桔都の表情に表れている。
だから心の底から思っていることを口に出した。好き、という気持ちを込めて。
「おれにとっては、桔都が一番、かっこいいよ」
照れくさくてはにかんで笑んだとき、一斉にイルミネーションが点灯し、わぁっと周囲が湧いた。
「……綺麗」
「うん、すごい綺麗だな!」
桔都がぽつりとこぼした言葉に、大きく頷いて同意する。
街路樹に巻かれたイルミネーションは星の瞬きのように明滅し、揺らいで、目が離せなくなる。通りの向こうまでずっと光の道が続いているように感じ、おれは桔都と並んで歩き出した。
日が沈むと尖った寒さが染み入るのに、光は柔らかくおれを包んでいる。好きな人と綺麗なものを見ている時間はあたたかくて、なんだか胸が詰まった。
ぎゅっとする胸の苦しさを伝えるように、桔都の手を握る。もしかしたら桔都が握ってきたのかも、と考えてしまうくらい当然のように繋がった。誰も気がつかない、光が生んだ影のなか。
そのまま家に帰り着いたとき、もうおれの心は決まっていた。
魔法の効果が切れてしまう前に……この気持ちをちゃんと伝えたい。
ドレスを手に入れたシンデレラみたいに、気分が高揚して浮かれてしまっている自覚はあった。でも、今しか伝えられないと思ってしまったのだ。
おれの恋は、おれにしか大切にできない。儚く消えるものだとしても、想いを告げるくらいしたっていいじゃない?
優しく誠実な王子様を、困らせてしまうかもしれないけれど。元の自分に戻れば、あれは夢だったのかなって思えるはずだから。
おれはしっかりと桔都の目を見つめた。夜空と同じ、黒藍の瞳が真剣に見返してくる。
「瑞、好きだ」
「おれ、桔都のことが好き」
立候補した人がステージへと上がり月乃に審査してもらうのだが、おれは「いくら景品が豪華でも、こんな大勢の前でファッション査定されるのは結構恥ずかしいよな~」と完全に他人事だった。
――しかし突然桔都に手を掴まれたかと思うと、おれの手は天に向かって上げられていた。
「はい!」
「お、一番乗りは先頭の男の子たちですね~! さっそくステージの上へどうぞ!」
「え? え? え?」
桔都が立候補した聞き間違えようのない声と、司会者の楽しそうな声。おれは桔都と手を上げていた形になるため、そのまま引っ張られてステージ上へと連れていかれてしまう。
階段を上って観客の方を向くと、見渡す限りの群衆が広がっていてくらりと目眩がした。
(な、なんでおれはこんなところに……!?)
その後もあちこちで立候補する人が現れ、総勢十人がステージの上に集まる。
月乃ファンが殺到するかと思われたが、やはり羞恥心が上回るのだろう。それに桔都みたいな人が最初に出てきたら、「絶対勝てない……」となった人もいるに違いない。
「桔都ぉ、なんでおれも……?」
「瑞が一番素敵だと思ったから。それに、たまにはいいじゃん? 一緒に楽しもうよ」
桔都の背中に隠れるようにしてコソコソと話しかけると、振り返って口説き文句みたいな台詞が降ってくる。王子様モードの桔都はいつも以上にたちが悪く、こんな状況なのに恋の心臓がときめいた。
立候補者は順番に自己紹介とファッションのポイントを喋らないといけないらしく、いくら能天気なおれといえど心臓が喉の奥から飛び出してきそうだ。
「うう……」
「瑞、大丈夫だから。背筋伸ばして、視線上げて」
ポンと背中に手が置かれ、言われるままに背筋を伸ばすと自然と大きく息が吸える。深呼吸をすると視界が明瞭になって、こちらに手を振っている星凪の姿が見えた。手を振り返すと、自然に自分も笑顔になる。
(あ、秀治と彼女もいるじゃん)
ポカンと口を開けておれの方を見ている秀治がおもしろくって、そちらにも手を振っておいた。そうしていると、だいぶリラックスできた気がする。
桔都がスムーズに喋り終え、おれの順番はすぐに回ってきた。
「では、次の方も高校生かな? 自己紹介からお願いします!」
「えっと、相良瑞です」
「ミズキくん! 今日のファッションのポイントを一言で教えてください!」
「クリスマスに家族から貰ったマフラーが、あったかい、です!」
「ははっ、可愛いですね! では、ありがとうございま~す!」
我ながらもっと他に回答なかったの? と情けなくなったが、おれの一言で会場中の人が笑ってにこやかなった。
もう喋ることはないと一安心してまた観客の方を見渡していると、驚いた顔をしてこちらを見ている同級生を結構たくさん見つけることができた。
もしかして、自己紹介で初めておれだと気づいたのかもしれない。我ながら存在感ないからな……
全員の話が終わり、いよいよ月乃が最終結果を発表する。
「では、月乃さんに『今日の素敵なファッション』さんを発表していただきましょう!」
自分が選ばれる訳などないとわかっていても、ありがちなドラムロールの効果音が流れ出すとやっぱり緊張してきた。桔都が選ばれたら嬉しいな。
――ドゥルルルルルル…………シャーン!
「私が選んだのは……ミズキさんです!」
「おめでとうございま~す! どうぞ、景品の授与があるので前へ前へ!」
「え……っ?」
月乃の口からおれの名前が出てくると、ワッという歓声と大きな拍手が聞こえてくる。おれは戸惑ったまま周囲に導かれ、月乃の正面に立たされた。もはや衝撃が緊張を凌駕している。
月乃はマイクを持って、みんなお洒落だったものの、クリスマスに家族にもらったものを身に着けているおれを選びたくなったと語っている。
そのほかにもおれがスコンと忘れていたマフラーの巻き方やロングコートの色、白い靴下がいいポイントになっているとたくさん褒めてくれた。
最後に景品を貰ってステージを下りると、星凪が駆け寄ってきたので三人で「やったね~!!」と肩を組んだ。ようやく実感が湧いてくる。
(すごい! 嬉しい!)
真後ろにいた女の子たちにも「おめでとうございます!」と祝われて盛大に照れてしまった。連絡先を訊かれたときには桔都が断ってくれて助かった。
トークショーもそのまま終わりとなり、集まっていた観客も散らばっていく。もっとも、逆におれたちの周りには同級生が集まってきていた。
同じクラスの人もいたが、名前は知っているけれど喋ったことのない人たちばかりがやってきて、おれを「私服かっこいいな」と絶賛していく。
横に立つ桔都と見比べてから「仲、良かったんだな!」と好意的な笑顔で言ってくれる人も多くて安心した。
だがおれは気づいた。少し離れたところから、不満げにこちらを見る三人組がいることを……
「篠元、仲、隅川。来てたんだ?」
今度は桔都が話しかけた。人混みが減って、三人共気合いの入ったお洒落をしていることがわかる。さっき立候補しなかったのが不思議なくらいだ。まあ、桔都の方がお洒落だけど。
篠元が何か言おうとするみたいに口を開く。が、別方向からやってきてみんなの視線を奪ったのは直前までトークショーをやっていた主役だった。
「みんなお疲れ~! ミズキくん、星凪のお友達だったんだね? 緊張して客席見られなくてさあ」
「わ、月乃さん。お疲れさまでした! トークショー、すごかったです! 全然緊張してるように見えなかったです!」
「なんのなんの。ミズキくんすっごく可愛くて格好いいんだもん! 桔都と二人で並んでると眼福だわ~。一緒にモデルやらない?」
「いや、いやいや……」
間近で見るモデルの美しさに、みんな恍惚と憧れの入り混じった表情をしている。月乃はおれと話して満足したのか、星凪の肩を叩いて「行こう!」と誘った。
「弟貰ってくね~! 今度東京遊びに来てねっ」
「月乃さん、星凪。またね~!」
月乃は見た目だけじゃなく性格も星凪と似ていて、さっぱりと明るい。彼女が去ると白昼夢を見ていたかのようにハッとする人が続出して、「今の、夢……?」と頬を抓ったりしていた。
おれも有名モデルの弟を今日まで家に泊めていたのが、未だに信じられない。
「じゃあ、僕たちも行くから。また休み明けな」
いい区切りだと思ったのだろう。桔都がおれの背中をさり気なく押して、みんなから離れて歩き出す。振り返って手を振ると、先ほどまで喋ったことのなかった人たちがみんな、ブンブン手を振り返してくれるのが嬉しかった。
「はぁ……すごかったね~……」
「改めておめでとう。瑞が一番だって、わかってたけど嬉しい」
「へへへ、馬子にも衣裳といいますか。桔都たちが飾り立ててくれたおかげだから! それに、桔都の方が、百倍かっこいいし……」
「それ、本当に?」
喜びを噛みしめて桔都と二人で話していると、なんだか全てが夢だったような気がしてくる。でもコートのポケットには確かに景品の封筒が入っていて、歩くと微かにカサと音を立てる。
おれが桔都を比較対象として出すと、桔都は改めて聞き返してきた。自然と足が止まる。
いつの間にか日は沈みかけ、空は薄い藍色になっていた。どうしてそんなに真剣な表情で尋ねてくるのだろう。
格好いいなんて、飽きるほど言われ慣れているに違いないのに、おれだって何度も言ったことがあるのに、今初めて聞こうとしているみたいな緊張が桔都の表情に表れている。
だから心の底から思っていることを口に出した。好き、という気持ちを込めて。
「おれにとっては、桔都が一番、かっこいいよ」
照れくさくてはにかんで笑んだとき、一斉にイルミネーションが点灯し、わぁっと周囲が湧いた。
「……綺麗」
「うん、すごい綺麗だな!」
桔都がぽつりとこぼした言葉に、大きく頷いて同意する。
街路樹に巻かれたイルミネーションは星の瞬きのように明滅し、揺らいで、目が離せなくなる。通りの向こうまでずっと光の道が続いているように感じ、おれは桔都と並んで歩き出した。
日が沈むと尖った寒さが染み入るのに、光は柔らかくおれを包んでいる。好きな人と綺麗なものを見ている時間はあたたかくて、なんだか胸が詰まった。
ぎゅっとする胸の苦しさを伝えるように、桔都の手を握る。もしかしたら桔都が握ってきたのかも、と考えてしまうくらい当然のように繋がった。誰も気がつかない、光が生んだ影のなか。
そのまま家に帰り着いたとき、もうおれの心は決まっていた。
魔法の効果が切れてしまう前に……この気持ちをちゃんと伝えたい。
ドレスを手に入れたシンデレラみたいに、気分が高揚して浮かれてしまっている自覚はあった。でも、今しか伝えられないと思ってしまったのだ。
おれの恋は、おれにしか大切にできない。儚く消えるものだとしても、想いを告げるくらいしたっていいじゃない?
優しく誠実な王子様を、困らせてしまうかもしれないけれど。元の自分に戻れば、あれは夢だったのかなって思えるはずだから。
おれはしっかりと桔都の目を見つめた。夜空と同じ、黒藍の瞳が真剣に見返してくる。
「瑞、好きだ」
「おれ、桔都のことが好き」


