いつの間に用意したのか、客間には洋服屋の紙袋がいくつも置かれていた。そのどれもがおれの服だというから開いた口が塞がらない。
 お財布は絶対丞さんだ……

「桔都のリクエストもあったけど、ぼくが店舗で見立ててきたんだ! ほら、見てみて! ブラックコーデに、アウターにはキャメルのダブルロングリバーコート! くぅぅ~~っこれすっごくお洒落じゃない!?」
「だぶるろんぐ、りばー……? 川?」
「父さんに貰ったバーバリーチェックのマフラーも合うな。首に巻くのもいいけど、手に持つだけでいい感じかも」
「マフラーを? なんで手に持つの?」

 足元は敢えて白い靴下を見せるのがいいらしい。もちろん手持ちの靴下などではなく、厚手のほこほこと温かそうなやつがお洒落なのだという。
 おれは二人のお洒落談議に全くついていけず、ずっと頭の上に疑問符を浮かべていた。

 とりあえずアウター以外は着替えて自分の姿を見下ろしてみるも「いつもと違うな……?」くらいしかわからない。まぁ奇抜な服を着こなせる自信はないから、思ったよりもシンプルで安心だ。

「頭は? キャップとかニット帽とか絶対可愛いよね!」
「え……どっちも買ってきたの?」
「セットだけでいいと思ってる。顔周りをちょっとスッキリさせて……」

 別にいいのだけれど、さっきからおれの質問はスルーされている。
 桔都が喋りながらおれの髪に触れると、指先の動きに意識が集中してしまって視線を合わせられない。

(ああもう、髪に触られるだけでドキドキするなんて……!)

 恋って心臓の動きが(せわ)しない。寿命が縮みそうだ。

 桔都が洗面所へワックスを取りに行っている間、心を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。
 星凪は紙袋を片付けながら、おれの方を一瞥して話しかけてくる。

「トークショーのあとはぼくも家族と合流するから。二人でデート、楽しんでね?」
「えっ、で、デートって……」
「少なくとも桔都は、デートだと思ってるみたいだよ!」

(そーなの!?!?)

 心の中で驚愕した。
 デートとは……と定義みたいなものを考えようとして、脳内でゲシュタルト崩壊が起こるほど混乱している。自分でもデートだと思っていたはずなのに、桔都もそう考えているとすれば、自分の知らないデートが存在するような気がしてくるのだ。

 戻ってきた桔都がおれの前髪をセンターで掻き上げるように分け、視界が明瞭になった。桔都の真剣な表情が目の前にあって、つい見惚れてしまう。
 なんて贅沢な特等席にいるんだろう。学校で桔都に憧れている多くの人がおれに嫉妬したとしても、それは仕方がないと納得してしまいそうだ。

「わーお、見違えるね! 瑞かっこかわいいー!」
「ほんと? えっ、見てくる!」

 洗面所へ走って行って、鏡を見た。綺麗な星凪に手放しで褒められるものだから、少し期待してしまったのだ。とはいえ……

「……ま、そうだよね!!」

 生まれ持った顔は変えようがない。だから鏡を見ても、見慣れた自分との対面だった。
 それでもよくよく見ると髪の毛先は全体的に束感が出て艶っぽいし、風呂上がり以外で額が見えているのも新鮮だ。ハーフタートルのブラックニットも、いつもより大人っぽく見えなくもない……ような。

 でもこれで、お洒落な二人と並んでもそんなに酷くはないはず。月とスッポンが、月とスイカくらいにはなれたはず……!

 もっとも、それぞれが準備を整えて玄関に集合すると、桔都と星凪のイケメンオーラに「まぶしっ」と目を細めた。

「おれは、スイカにも……なれない……!」
「なに言ってんの? さ、行こ行こ~! お腹ぺこぺこ!」

 桔都は身長の高さを生かしたシュッとした感じで、モノトーンでシンプルなコーディネート。星凪はスタイルの良さを生かしたキュッとコンパクトなコーディネートに、赤をポイントとして使っているのがお洒落だ。語彙力の無さは仕様です。

 おれもアウターを羽織ってとりあえずマフラーを手に持ってみたのだが、果たしてこれが正解なのか全くわからない。すると桔都がおれの手からマフラーを取った。
 桔都と色違いのチェックのマフラーが、魔法の仕上げのように摩訶不思議な結び方で首に巻かれる。

「桔都、ありがとう!」
「……かわいい。今日は楽しもうな」
「っ……うん!」
「おーい、そこ。イチャイチャしてないで行くよ!」



 綺麗な冬晴れの天気だった。東南駅で電車を降りると、平日とは思えないほど人が多い。あちこちから聞こえてくるクリスマスソングが自然と気分を高揚させ、みんな笑顔ですれ違っていく。
 おれたちは遅めの昼ご飯を堪能すべくいろんな屋台に並び、テーブルと椅子の置かれたテントの下でわいわい食べた。

 途中、何人か同級生の姿を見かけた。秀治はまだ会ってないけれど、同じクラスの女子は普通にすれ違ったのに気づいて貰えなかった。目が合った気がするんだけどなぁ……無視されたんじゃない、よね?

 桔都は顔が広いので何度か知り合いを見つけて「おう」と手を上げていた。背が高いしオーラが輝いているため向こうから見つかるのだろう。

 さっきは桔都と同じクラスだという奥山とその彼女が話しかけに来たものの、知らない星凪がいたからか長話せずに去っていく。おれも「誰だっけ」という感じでチラチラ見られるだけだったのは地味に残念だった。

(高校に入学してもうすぐ二年経つのに、知らない人だと思われてる……!)

 美形すぎる二人といるからか、おれも今日はすごく視線を感じる。
 しかし「ねぇ、今の見た?」「全員顔が良い……!」などと近くから聞こえて来て、「仲間だとさえ思われてないのか~!」と自分のモブ顔を改めて実感する羽目になったりもした。

 まあでも、二人の近くにいて邪魔だとか目障りだと言われていないならいいか。元々容姿には頓着していないのだ。

「そろそろトークショー? みんな見たいの?」
「ぼくの本命だから、一番前で見よ!」
「ああ、そろそろ場所取り行こうか」

『飲めるクリスマスケーキ』をストローで吸っていたおれは、広場の中心に設置されているステージでスタッフが忙しそうに準備しているのを見ながら二人に尋ねた。
 確かに、もう前の方に人が集まり始めている。ほとんどが若い女の人だが、男の人もいるようだ。

「モデルの人って、女の人?」
「あはは、そうだよ」
「海外在住の読者モデルをやってて、帰国後正式にスカウトされたんだよな?」
「ほえ~、すごい人なんだね!」

 初歩的な質問をすると星凪は苦笑し、桔都が詳しく教えてくれた。こんな最前列にいるのに何も知らなくて申し訳ない。開始五分前にもなると、振り返れば人がびっしりという状態だ。
 この街にこんなに人がいたの? とも思うが、きっとファンは遠くからでもやってくるのだろう。

 開始直前、人波に押されて背後にいた女の子が転びそうになり、支えになったおれが今度はよろけると桔都がすかさず支えてくれた。おれが桔都に謝って二人で女の子に大丈夫か声を掛けると、彼女は思わずといった様子で呟いていた。

「え。かっこいいー……」
(わかる~~!)

 女の子の言葉に激しく同意していたとき、彼女の後ろにいた三人組が目に入ってしまった。篠元、仲、隅川だ。彼らは桔都に気づいてほしそうにしていたものの、桔都は気づかずに今度は星凪と話している。

 桔都は彼らと完全に縁を切ったわけではないらしい。けれどなんとなく桔都が今はわざと気づかないふりをしているような気がして、おれも敢えて見なかったことにした。

「おまたせしました~! 三日間に渡って開催されるクリスマスイベントの目玉、人気モデル月乃(つきの)トークショーの始まりで~す!」

 ついに始まった。舞台上でテンション高めな司会者が話し出し、会場は大きな拍手と熱気に包まれる。
 司会者の男性がモデルの経歴を話している間、テレビカメラや大きなカメラがステージの前でスタンバイしていた。地元の本気を感じて、圧倒されてしまう。

「ではお呼びしましょう! 月乃さんで~す!」
「こんにちは、モデルの月乃です!」

 舞台袖から登場したのは、スレンダーで大人っぽい女性だった。確か今は大学生で、学業の傍ら本格的なモデル活動を始めたらしい。
 観客よりも薄着で、だからこそスタイルの良さがよくわかる。つくりの整った顔は小さく、脚がすらっと長い。桔都や星凪も七.九頭身くらいあるけど、彼女はリアル八頭身だ。

 トークショーはクリスマスにちなんだ内容で、月乃は「アメリカに在住していたから家族で過ごす大切な日だった」と答えている。受け答えが全てハキハキしていて、注目を浴び慣れている人の自信を感じた。

 司会者の質問もキレがあって面白くおれは純粋にトークショーを楽しんでいたのだが、なんとなく違和感というか……月乃を見ていると既視感がある。
 なんだろう? 最前列で顔がよく見えるから、誰かに似てる……? と思い始めたとき、月乃がこちらをチラリと見た気がした。

「実は今、弟が見に来ているんです。夜には両親も合流して、この金西駅前のイルミネーションを見ながらクリスマスを楽しもうと思ってます」

 会場中がざわつき、キョロキョロと周囲を見回している人もいる。おれは「おとうと……」と独り言をこぼしながら、ギギギ……と首を回して星凪の方を見た。
 月乃と似た面影を持つ星凪に、シーッと口元に人差し指を当てウインクされる。

(弟ッ。ここに……いたー!?)