こんなにも空気は冷たいのに、おれは繋いだ手の汗に気づかれるんじゃないかとドキドキしていた。今まで、こんな小さなことを気にしたことなどない。

 なぜなら、いま自覚したばかりなのだ。――桔都への、恋心を。

 悪いのは桔都だ。だって「瑞が一番」「瑞の方が好き」なんて言葉、キュンとしすぎて一発KO。思わず「す、好き~~~!!」と叫びそうだった。
 王子様みたいに綺麗な顔が間近に迫って、自分の顔が真っ赤になっているのを悟られるんじゃないかと思った。夜の暗さにひたすら感謝したのは言うまでもない。

 性別なんて超越してしまうほど、桔都は人たらしで魅力に溢れている。これまで何度もくらくらさせられて、ついに臨界点を越えてしまった。
 おれが困っていたら全力で助けようとしてくれるし、独占したいというおれのわがままな気持ちにも嫌な顔一つせず寄り添ってくれる。

(こんなの、無理。好きにならないなんて無理)

 ドキドキして公園から家まで五分の道のりが永遠のようにも思われたのに、玄関前に着いてみると呆気なさにがっかりする自分もいる。さすがに意識してしまっている今では、手を繋いでいるところを親に見られたくない。

「ありがとね」と言いながらそうっと手を離すと、桔都は目を細めておれの頭をポンポン撫でた。

(ほら~~~! そういうとこ!!)

 こういう態度で人を誑かしているのだ、この男は。キュンとするやらプンスカするやらで忙しいおれは、桔都が他の人には決してこんな行動を取らないことに気づいていなかった。

 玄関のドアを開けると、丞さんが靴を履こうとしていた。

「ただいまー……って、あれ? どこか行くの?」
「ああ、よかった。遅いから迎えに行こうかと思ったんだよ」

 車のキーを持っておれの顔を安心した表情で見つめてくるから、誰にも見てもらえなくてしょげていた自分が恥ずかしくなった。この人にとっても、ちゃんと自分は大事な家族なのだ。
 両親の変化と、自分でも気づいていなかっただけで桔都への気持ちの変化が自分自身を孤独へと追い込んでいたらしい。

 学校では立場が違いすぎるから話すことは叶わなくても、桔都の話してくれた気持ちを信じようと心の中で誓った。





「クリスマスイベント?」

 期末テストを終えて、そわそわと冬休みを待つ空気が学校中に漂っている。短い休みにクリスマスとお正月というイベントが詰まっていて、クリスマスケーキやプレゼント、お正月のごちそうとお年玉に期待してしまう。

 来年は受験生だからこそ、今年は桔都と思いっきり楽しみたい! とおれもわっくわっくしているところだ。

 昼休み、彼女とのデートプランを考えているらしい秀治が地方雑誌を開いているので一緒に覗き込んでいると、クリスマスに行われるイベントについて大々的に特集されていた。

「金西駅前の広場あるだろ? あそこでクリスマスマルシェをやるんだってよ。あと、人気モデルを呼んだトークショーもあるらしいぜ」
「ほえ~……気合い入ってるねぇ」
「去年イルミネーションどでかく新調したから、人呼び込みたいんだろ」

 金西駅は都心の駅とは比べ物にならないが、県内ではそれなりに大きい駅といえる。昨年駅前のイルミネーションが大々的に作り直され、観光スポットあるいはデートスポットとして有名になった。
 今年はさらに集客するため、年末にかけてイベントが開催されるようだ。

「秀治は行く?」
「あいつに行きたいって言われてる……モデルが見たいんだと」
「ほほぉ、もうあいつ呼ばわりですか。ご亭主」

 茶化してみたが、秀治は学校で彼女の名前を口にしないよう気を付けているらしい。ただ順調にデートを重ねているようだし、多分あちこちで見られているんじゃないかなあ。
 そのモデルが来るイベントというのが、二十五日に行われるという。平日だけど、大半の学生がその日から冬休みだから合わせているのかもしれない。
 
 廊下から笑い声が聞こえて視線を動かすと、桔都が男友だちと喋りながら通りすぎていく。

(桔都は……友だちと行きそうだなー……)

 雑誌にはクリスマスマルシェで販売される珍しそうな食べ物がたくさん掲載されていて、興味はすごくある。でも、誰と行くの?

「つーか瑞、冬期講習申し込んだんだろ?」
「あ。忘れてた……」



 家に帰ると、さっそく冬期講習のスケジュールを確認する。カツカツ詰め詰めタイプの塾ではないようで、授業は定員こそあるものの選択式らしい。自由度は高そうで安心した。

 リビングのソファでだらんと寝転んでいると、桔都が帰ってくる。しばらくしておれの元へやってきたときにはもう分厚い眼鏡とジャージのスタイルになっていて、「おかえり」と笑顔でソファに座り直した。

「瑞、それ、塾の時間割?」
「うん。今初めて確認した!」
「あはは、瑞らしい。塾は、一緒に行こうね」

 同じ学校の人はいるもののそれは先輩で、まだ塾で同級生は見ていない。見かけたらそれから考えることにして、おれと桔都は普通に二人で通うつもりだ。
 嬉しいな。一緒に塾へ通えるなら、勉強もそれほど嫌じゃない。

 桔都がファッション雑誌を片手に持っているのを見て、おれは桔都のこういうところがすごいなと内心呟いた。外でのおしゃれで格好いい桔都は、研究と努力の上でかたち作られている。
 
 家での姿が一番楽だと本人は言うけれど、多分好きじゃなきゃあそこまで完璧にはならない。器用でこだわりの強い桔都だからこそ、隙のない王子様が出来上がるのだ。

(でも、こっちの姿もちゃんと好きなんだよなあ)

 桔都のセットを崩したぼさぼさ頭を見て思う。家での桔都のことを知らなかったら、たぶん好きになっていなかった。
 完璧で隙のない人の、弱いところや間抜けなところ。そういう部分が愛おしくて、だからこそおれに向けられたひたむきな言葉が響いたのだ。

「桔都、金西駅前のクリスマスイベントって行く予定ある?」
「あー。友だちに、誘われてる。結構大所帯になりそうで、現地も混むだろうし、今から憂鬱……」

 気づけばイベントの予定を尋ねていた。もしかすると、あわよくばと思って。
 しかし当然というべきか、華やかな人たちは華やかなイベントを逃さないらしい。確かに混みそうだし、桔都はそういうの苦手そうだ。

「そっか。おれも桔都のこと誘いたかったけど、先約があるなら……」
「行く!」

 まあ、わかってたことだし? とすぐに引くと、被せるようにして桔都が声を出した。身を乗り出してくる勢いに、ワッと驚いて聞き返す。

「人混みだよ?」
「大丈夫」
「桔都の友だちにも出くわすかもだよ?」
「大、丈……うん。僕に任せて」

 心配を挙げ連ねたおれに、桔都は少しだけ考えるように視線を彷徨わせた。一瞬不安になったけれど、なにか思いついたのか次の瞬間には口元に笑みを乗せ桔都は頷く。

「??」
「瑞を優先するって、言ったでしょ」
「無理に優先しなくたっていいよ?」
「僕が、したいから。瑞とイルミネーション見たい」

(……好き!!!)

 ベランダで叫んでいた女子の気持ちがわかった。この気持ちは、声に出して発散させないと体の中に収まりきらない。
 とはいえ、本当に叫ぶわけにもいかないため代わりにぎゅっと数秒目を閉じた。溢れ出しそうな恋する気持ちをぎゅうぎゅう奥へと押し込めて、パチッと瞼を上げる。

 するとさっきよりも至近距離で桔都の顔が近くにあって「うぇ!?」と声を出してしまった。

「うわぁっ!」

 ……なぜか桔都の方が大声で飛びのいたんだけど。

 そんな態度に若干傷つきながらも、桔都が「二十五日にしよう」というので快諾した。桔都は友だちとの予定を本気で断るつもりみたい。
 秀治に会うかもしれないけれど、彼女といる秀治を垣間見てあとから揶揄うのはとっても楽しそうだ。

「んふふー。楽しみだね!」