一体桔都が何を言ったのかはわからないが、嫌がらせはなくなった。一度だけ篠元とすれ違ったときは睨まれていたみたいだが、おれは桔都を見てぽやんとしていたため気づかず、秀治があとから教えてくれた。
気温はかなり下がってきたものの、秋晴れの太陽はぽかぽかと体を温める。お弁当を食べ終わった今は秀治と教室のベランダに出て日光浴している。
「はー、光合成光合成。平和だねぇ」
「太陽の光いっぱい浴びて、瑞ももうちょっと成長するといいな?」
「毎日牛乳飲んでるんだけど、ちっともなんだよなあ」
「中身の方だよ」
「なんでやねん!」
ビシッと秀治に突っ込んだりしていると、運動場で桔都がキャッチボールをしているのが見えた。以前サッカーをしていた人たちとはメンバーが変わっている気もしたが、よくわからない。
遠目に見ても相変わらずかっこいい。ボールを投げるフォームも綺麗だし、プロ野球界から突然ドラフト指名されちゃったらどうしよう。いやでも、サッカーも上手いし……なんならゲームも上手いしな……
いつしか熱心に桔都を目で追っていたとき、ふと桔都がこちらを向いたことに気がついた。そしておれの方に笑いかける。手をヒラヒラ振るサービスつきで。
(かっっっこよ……! ファンサやば!!)
おれが手を振り返したときにはもう桔都も向こうを向いてしまったが、キャッチボールの相手にも気づかせないさり気なさに胸を撃ち抜かれてしまった。
「えっどうしよ今あたしに手振ってくれた? 好き!!!」
別のクラスの女子が騒いでいるけれど、おれは二.〇の視力でわかっていた。あれは間違いなくおれに向けた笑顔だ。
「両想いじゃん? 瑞くん。顔赤いよ~」
「や、だってあれはかっこよすぎるでしょ……」
ポッポと火照る頬を手で扇ぎ冷やしながら言い訳みたいに呟く。両想いとか変な言い方しないでほしい。
自分では普通の反応だと思っているものの、秀治はずっとニヤニヤしているし。ふいに頭の中でピコン、と疑問符が浮かんだ。
(おれ、なんかおかしい?)
桔都といると心臓が早鐘を打つように跳ねたり、逆に落ち着いたり。見ているだけでぎゅうっと締めつけられることもある。
それはとてもゆっくりとした変化で、おれも立ち止まって振り返るまでは気づかなかった。単純に家族として、あるいは友だちとして仲良くなってきたからじゃないのだろうか?
「おーい瑞、予鈴なったぞー」
「……うーん……」
午後の授業を終えてスマホを確認すると、丞さんからメッセージが入っている。母のつわりが重く、夕飯は買ってくるか外食してきていいよとのことだ。
丞さんはこの前の週末、早速デパートで大量にベビーグッズを買い込んできた。販売員に勧められるまま買ってしまったらしく、母に怒られていた。
さらには母に泣きそうな顔で「安定期に入るまでは期待しないでほしい」と懇願され、土下座する勢いで謝っていた。大人で立派で頼りになる丞さんも、母の前では弱いようだ。
久しぶりの出産に対する不安もあるようだし、ホルモンが安定せず情緒不安定になったりもするという。おれたち男三人は真剣に『たまごマガジン』を熟読した。
丞さんは平日もかなり早く帰ってくるようになり、家にいるときは母に付きっきりだ。おれが手伝おうとしても「パパがいるから大丈夫」と言われてしまうため、最近は部屋に籠っている時間が増えた。母の中で丞さんはお腹の中にいる子の『パパ』になったようだ。
(外で牛丼とか食べて帰ろうかな……)
なんとなく、何もできない自分が家にいても居た堪れない。桔都に夕飯をどうするかメッセージで訊くと、友だちと食べて帰るとのことだった。ごめんのポーズをしたキャプテン・アメリカのゆるキャラスタンプが送られてくる。
「あはは、可愛いなこれ」
一人で行ける場所は限られているため冬期講習のために通い始めた塾へ行き、自習室で期末テストに向けた勉強をする。珍しく集中していればあっという間に八時になって、外は真っ暗だった。
駅の方へ少し向かえばファーストフードの店はたくさんある。けれど一人で外食をする気にはなれず、コンビニでパンを買った。
どこで食べようと考えて、かつて桔都が家を飛び出したときにいた公園を思い出し向かってみる。通学ルートからも離れているし、訪れるのはあれ以来初めてだった。
外は冷え冷えとしていて、乾燥した空気が喉をつく。街灯の光は変わらないはずなのに、今日は冷たい色に見える。
春だったあの日から季節は確実に移ろい、周囲の人々もスピードを上げて変化していく。来年の今頃には家族が増えているだろう。楽しみなことのはずなのに、胸中には不安が巣食っていた。
「はぁ……」
ブランコの一つに腰掛けて、パンを齧る。キィ、と金属の軋む音が寂しく鳴り響き、無視しようとしていた孤独を際立たせる。
(このまま帰らなくても、誰も気づかないんじゃないかなぁ)
母には丞さんがいて、赤ちゃんがいて。桔都にはたくさん友だちがいるし、おれにも秀治という友だちはいるけど秀治には彼女がいる。だけど、おれには……
モソモソとパンを食べながら、三十分くらいぼうっとしていたと思う。
突然、知らない大人に話しかけられた。ブランコを囲う枠の向こう側にいるため、シルエットから男性っぽいということしかわからない。
「君、どうして一人なのかな? あそこからずっと見てたんだけど……」
男性が指差したのは公園の後ろにある、今にも朽ち果てそうなアパートだった。暗すぎる窓が並んでいる。
知らないうちに見られていたという事実が気味悪くて、ぞわっと体に鳥肌が立つ。男性がこちらに手を伸ばしてきた。
「帰るところがないなら、おじさんと行こうか……」
「ひっ……」
気温はかなり下がってきたものの、秋晴れの太陽はぽかぽかと体を温める。お弁当を食べ終わった今は秀治と教室のベランダに出て日光浴している。
「はー、光合成光合成。平和だねぇ」
「太陽の光いっぱい浴びて、瑞ももうちょっと成長するといいな?」
「毎日牛乳飲んでるんだけど、ちっともなんだよなあ」
「中身の方だよ」
「なんでやねん!」
ビシッと秀治に突っ込んだりしていると、運動場で桔都がキャッチボールをしているのが見えた。以前サッカーをしていた人たちとはメンバーが変わっている気もしたが、よくわからない。
遠目に見ても相変わらずかっこいい。ボールを投げるフォームも綺麗だし、プロ野球界から突然ドラフト指名されちゃったらどうしよう。いやでも、サッカーも上手いし……なんならゲームも上手いしな……
いつしか熱心に桔都を目で追っていたとき、ふと桔都がこちらを向いたことに気がついた。そしておれの方に笑いかける。手をヒラヒラ振るサービスつきで。
(かっっっこよ……! ファンサやば!!)
おれが手を振り返したときにはもう桔都も向こうを向いてしまったが、キャッチボールの相手にも気づかせないさり気なさに胸を撃ち抜かれてしまった。
「えっどうしよ今あたしに手振ってくれた? 好き!!!」
別のクラスの女子が騒いでいるけれど、おれは二.〇の視力でわかっていた。あれは間違いなくおれに向けた笑顔だ。
「両想いじゃん? 瑞くん。顔赤いよ~」
「や、だってあれはかっこよすぎるでしょ……」
ポッポと火照る頬を手で扇ぎ冷やしながら言い訳みたいに呟く。両想いとか変な言い方しないでほしい。
自分では普通の反応だと思っているものの、秀治はずっとニヤニヤしているし。ふいに頭の中でピコン、と疑問符が浮かんだ。
(おれ、なんかおかしい?)
桔都といると心臓が早鐘を打つように跳ねたり、逆に落ち着いたり。見ているだけでぎゅうっと締めつけられることもある。
それはとてもゆっくりとした変化で、おれも立ち止まって振り返るまでは気づかなかった。単純に家族として、あるいは友だちとして仲良くなってきたからじゃないのだろうか?
「おーい瑞、予鈴なったぞー」
「……うーん……」
午後の授業を終えてスマホを確認すると、丞さんからメッセージが入っている。母のつわりが重く、夕飯は買ってくるか外食してきていいよとのことだ。
丞さんはこの前の週末、早速デパートで大量にベビーグッズを買い込んできた。販売員に勧められるまま買ってしまったらしく、母に怒られていた。
さらには母に泣きそうな顔で「安定期に入るまでは期待しないでほしい」と懇願され、土下座する勢いで謝っていた。大人で立派で頼りになる丞さんも、母の前では弱いようだ。
久しぶりの出産に対する不安もあるようだし、ホルモンが安定せず情緒不安定になったりもするという。おれたち男三人は真剣に『たまごマガジン』を熟読した。
丞さんは平日もかなり早く帰ってくるようになり、家にいるときは母に付きっきりだ。おれが手伝おうとしても「パパがいるから大丈夫」と言われてしまうため、最近は部屋に籠っている時間が増えた。母の中で丞さんはお腹の中にいる子の『パパ』になったようだ。
(外で牛丼とか食べて帰ろうかな……)
なんとなく、何もできない自分が家にいても居た堪れない。桔都に夕飯をどうするかメッセージで訊くと、友だちと食べて帰るとのことだった。ごめんのポーズをしたキャプテン・アメリカのゆるキャラスタンプが送られてくる。
「あはは、可愛いなこれ」
一人で行ける場所は限られているため冬期講習のために通い始めた塾へ行き、自習室で期末テストに向けた勉強をする。珍しく集中していればあっという間に八時になって、外は真っ暗だった。
駅の方へ少し向かえばファーストフードの店はたくさんある。けれど一人で外食をする気にはなれず、コンビニでパンを買った。
どこで食べようと考えて、かつて桔都が家を飛び出したときにいた公園を思い出し向かってみる。通学ルートからも離れているし、訪れるのはあれ以来初めてだった。
外は冷え冷えとしていて、乾燥した空気が喉をつく。街灯の光は変わらないはずなのに、今日は冷たい色に見える。
春だったあの日から季節は確実に移ろい、周囲の人々もスピードを上げて変化していく。来年の今頃には家族が増えているだろう。楽しみなことのはずなのに、胸中には不安が巣食っていた。
「はぁ……」
ブランコの一つに腰掛けて、パンを齧る。キィ、と金属の軋む音が寂しく鳴り響き、無視しようとしていた孤独を際立たせる。
(このまま帰らなくても、誰も気づかないんじゃないかなぁ)
母には丞さんがいて、赤ちゃんがいて。桔都にはたくさん友だちがいるし、おれにも秀治という友だちはいるけど秀治には彼女がいる。だけど、おれには……
モソモソとパンを食べながら、三十分くらいぼうっとしていたと思う。
突然、知らない大人に話しかけられた。ブランコを囲う枠の向こう側にいるため、シルエットから男性っぽいということしかわからない。
「君、どうして一人なのかな? あそこからずっと見てたんだけど……」
男性が指差したのは公園の後ろにある、今にも朽ち果てそうなアパートだった。暗すぎる窓が並んでいる。
知らないうちに見られていたという事実が気味悪くて、ぞわっと体に鳥肌が立つ。男性がこちらに手を伸ばしてきた。
「帰るところがないなら、おじさんと行こうか……」
「ひっ……」


