その傾向は、放課後仲のいいグループで集まったときにも表れていた。ちょっとふくよかな体型の山規がおれに向かって訊いてきたのは今さら? と思える質問だった。
「瑞の髪、実はバレないように染めてるって、本当か?」
「え?」
呆気にとられて聞き返した。咄嗟に、数週間前にあった身だしなみ検査のことを思い出す。
あの場にいた何人かは「もしかして」と考えたかもしれないが、まさか二年も仲良くしている友だちからそれを尋ねられるとは思っていなかったのだ。噂になってるの?
代わりに秀治が口を挟む。少し苛々した声色だ。
「山規、お前の目は節穴か? 一年のときから一ミリたりとも変わってねーだろ」
「いやむしろさ、秀治はずっと同じクラスだから気づいてないんじゃねーの? 近すぎて気づかないとか……」
「はあ? お前誰を疑ってんの?」
明らかな喧嘩腰に慌てて「染めてないから!」と叫んだ。しかし秀治と山規の間に生まれた不和の種はみるみるうちに芽吹いて成長していく。
「彼女が出来て浮かれてんだろ、周囲が見えてないって言ってんだよ。今の瑞とは仲良くしない方がいい。ボクは自分の身が大事なんでね」
「ッ……お前ぇ!」
「やめてやめてやめて! 秀治……いいからっ」
立ち上がろうとする秀治に抱きついて必死に止める。だが山規の方はそのまま立ち去ってしまった。
異様な雰囲気に、他のメンバーも「きょ、今日は帰ろうか……」と顔を強張らせて提案した。本当なら今日、今度の週末にみんなで遊ぶ計画を立てるはずだったのだが、その話も流れてしまうのだろう。
「ごめん……」
鼻の奥がツンと痛む。おれの存在が友情を壊しかけていることが申し訳なく、またどうすればいいのかもわからなかった。
人が言い争う姿はおれを委縮させてしまう。今ばかりは前向きな性格も鳴りを潜め、ただただ悲しさが体を支配した。
俯くと、額にコツンと小さな刺激が走る。秀治にデコピンされたらしい。
「最近なんかおかしいと思ってたんだよなー。原因は? 逢坂なのか?」
「え。なんで……」
「いや、身だしなみ検査のときに叫んでたやつ、逢坂の取り巻き連中じゃん」
「ああ……さすが名探偵秀治」
図星を指されて、力が抜けてしまった。誰にも話すつもりはなかったけれど、おれの心は直前の出来事のせいで弱り切っていた。だから、ぽつりぽつりと話してしまった。
彼女から目の敵にされていることと、それ以降彼女の周囲の人たちからも地味な嫌がらせが続いていることも。
「あっでも、ほんとに大したことされてないから大丈夫! すぐ飽きられるだろうし……」
「大丈夫じゃねーっ。あーほんとむかつくわ、逃げた山規も含めてな。それ、逢坂には話したのか?」
秀治が苛々と膝を揺する。複雑な心を持て余してしまう。申し訳ないのに、自分のために怒ってくれることがちょっとだけ嬉しい。
しかし思いも寄らぬ質問をされて、内心小さく飛び上がってしまった。
「いやいや、おれが逢坂に話したところで関係ないでしょ?」
「俺は名探偵だから、もう予想できてるんだわ。連れ子って、逢坂なんだろ?」
「え!!!」
今度は確実に体ごと三センチは飛び上がった。今世紀最大の……いや、今年で三番目くらいの驚きがおれを襲い、ごまかしの効かないほど声が裏返る。
秀治はドヤ顔で推理を披露した。初めはおれが桔都に憧れて、あるいは本当に好きなのかと思ったが、文化祭のときに桔都からおれへの執着を感じ取ったらしい。
こそこそと二人で話すのを何度か目にしているし、桔都が「瑞」と名前で呼んでいることからも確信を得た。
「まじで付き合ってんのかと一瞬思ったけどさ~、もしそうだったら瑞の様子がもっとおかしくなるはずだし?」
「おい待て『もっと』ってどういうことですかぁ?」
執着というかいろいろあって桔都が懐いてくれた感じだけど、秀治の話した内容はおれの近くにいたからこそわかる変化である。
付き合うとか言われてびっくりしたものの、絶賛彼女とお付き合い中の秀治だからこその発想かもしれない。それよりも普段から様子がおかしいみたいな言い方をされてムッとする。
「はいはい認めますぅ。さすが体は子ども、頭脳は大人……名探偵」
「やめい」
しばらくふざけ合ってから、珍しく真剣な顔で秀治が見てくる。
「まじでさ、ちゃんとあいつに話した方がいいぜ。この件に関して瑞も逢坂も悪くはないのわかってるしあの女が元凶だと思うけど、一番効果的に解決できるカードを持ってるのは逢坂だろ」
「うん……」
桔都が我慢してまで大事にしている人間関係をおれのせいで崩すのは嫌だ。けれど秀治の意見も正論だった。
おれが納得しかねているのを察してか、秀治はさらに言葉を重ねてくる。
「義理とはいえもう家族なんだろ? 知らされない方があとから傷つくって絶対。瑞だって思わねー? あいつがなんか嫌がらせされてたとして、瑞が原因のひとつだけど気ぃ遣って隠してたら」
「それは嫌だ」
「だろ?」
教室の後ろにまとめて置かれている額の方をちらと見遣った。文化祭でやった写真展で飾っていた作品たちは担任もすごく気に入っていて、もうすぐ行われる三者面談のときにも親に見てもらい、その際持ち帰ることにしましょうとなっている。
おれの作品は、我ながら仲のいい家族を象徴するような素敵な写真だ。確かに家族の誰かが知らないうちに傷つけられていたら嫌だし、隠されたりするのも嫌だ。
(うん。話して……みようかな。桔都の反応が怖いけど)
来週には実力テストがあって、その結果をもとに三者面談が行われる。話すのはテストが終わってからにしよう、と密かに決意した。
家に帰ると、母がソファで横になっていた。珍しくうたた寝してしまったらしく、そっと毛布をかけてあげる。
「んー……瑞? ごめん寝すぎたかも。夕飯の支度しなきゃ……」
「おれがやろうか? 今日なに作るの?」
「えーっと……あ。丞さん出張だった……もうお鍋でいい?」
「もちろん! 鍋ならおれが準備できるから、寝てて」
丞さんの海外出張が急に決まり、母はちょっと寂しそうだ。こうなったら読みたかった本をまとめて読破してやる! と昨日長編小説を大人買いしてきたのだが、きっと夜中まで読んでしまったのだろう。
最近は家事も母に甘えきりだったな、と反省しつつキッチンに向かう。
ストッカーにおれの好きなトマト鍋の素があったからそれに合わせて材料も決めた。締めにご飯と卵を入れてオムライスリゾット風にするのがとっても美味しいのである。
キャベツを切っていると桔都が帰ってきた。キッチンに立つおれに驚き喋ろうとしたから、「シーッ」と言いながら桔都の唇を指先で押さえる。
「母さん寝てんの。夕飯鍋だからおれが作ろうと思って。桔都も一緒にやる?」
背伸びしてこそこそと耳元で話すと、桔都は顔を真っ赤にして何度も頷いた。やる気があってよろしい。
ウインナーを切って入れるか否かで討論し、チゲ鍋の素を見つけたおれがトマトチゲ鍋にしたいと主張したが今回は取り下げとなった。
そのうちに起き出してきた母が鶏肉も追加してくれ、ボリューム満点の鍋となったが締めまでぺろりと平らげた。
「「ごちそうさまでした!」」
桔都がトマト鍋は初めてだけど美味しかったと言うので、おれと母はにっこりする。鍋は最強の手抜き料理だし、これからやってくる冬には何度でも食べられるだろう。
ちなみに調べてみればトマトチゲ鍋が世に存在することもわかったため、今度こそ試したいと思う。
「あーあ、アイスでも買っておけばよかったなぁ」
「言わないでよ母さん、食べたくなるじゃん!」
「「よし……買いに行こう!」」
「…………」
突然デザートを所望した母におれが文句を言い、すぐ意気投合したことに桔都は目を白黒させていた。
コンビニまで十分の道のりを並んで歩き、丞さんには内緒ねといいながらハーゲンダッツを三人分購入する。一家の大黒柱なのに、いないときに贅沢する罪悪感はアイスよりも甘い。
「桔都ごめんね? お父さんを蔑ろにしてるわけじゃないんだからね?」
おれと母に流されるまま買ったバニラ味のアイスを食べている桔都に、母が言い訳をしている。
「いえ……なんか聞いても喜びそうだしあの人……」
「あはは、確かにな!」
「言えてるわ……もう、箱買いしてやればよかったぁ」
箱買いとかそういうことじゃないと思う。でもいつもより少し元気なさ気に見えた母が調子を取り戻したので、安心して笑った。
「瑞の髪、実はバレないように染めてるって、本当か?」
「え?」
呆気にとられて聞き返した。咄嗟に、数週間前にあった身だしなみ検査のことを思い出す。
あの場にいた何人かは「もしかして」と考えたかもしれないが、まさか二年も仲良くしている友だちからそれを尋ねられるとは思っていなかったのだ。噂になってるの?
代わりに秀治が口を挟む。少し苛々した声色だ。
「山規、お前の目は節穴か? 一年のときから一ミリたりとも変わってねーだろ」
「いやむしろさ、秀治はずっと同じクラスだから気づいてないんじゃねーの? 近すぎて気づかないとか……」
「はあ? お前誰を疑ってんの?」
明らかな喧嘩腰に慌てて「染めてないから!」と叫んだ。しかし秀治と山規の間に生まれた不和の種はみるみるうちに芽吹いて成長していく。
「彼女が出来て浮かれてんだろ、周囲が見えてないって言ってんだよ。今の瑞とは仲良くしない方がいい。ボクは自分の身が大事なんでね」
「ッ……お前ぇ!」
「やめてやめてやめて! 秀治……いいからっ」
立ち上がろうとする秀治に抱きついて必死に止める。だが山規の方はそのまま立ち去ってしまった。
異様な雰囲気に、他のメンバーも「きょ、今日は帰ろうか……」と顔を強張らせて提案した。本当なら今日、今度の週末にみんなで遊ぶ計画を立てるはずだったのだが、その話も流れてしまうのだろう。
「ごめん……」
鼻の奥がツンと痛む。おれの存在が友情を壊しかけていることが申し訳なく、またどうすればいいのかもわからなかった。
人が言い争う姿はおれを委縮させてしまう。今ばかりは前向きな性格も鳴りを潜め、ただただ悲しさが体を支配した。
俯くと、額にコツンと小さな刺激が走る。秀治にデコピンされたらしい。
「最近なんかおかしいと思ってたんだよなー。原因は? 逢坂なのか?」
「え。なんで……」
「いや、身だしなみ検査のときに叫んでたやつ、逢坂の取り巻き連中じゃん」
「ああ……さすが名探偵秀治」
図星を指されて、力が抜けてしまった。誰にも話すつもりはなかったけれど、おれの心は直前の出来事のせいで弱り切っていた。だから、ぽつりぽつりと話してしまった。
彼女から目の敵にされていることと、それ以降彼女の周囲の人たちからも地味な嫌がらせが続いていることも。
「あっでも、ほんとに大したことされてないから大丈夫! すぐ飽きられるだろうし……」
「大丈夫じゃねーっ。あーほんとむかつくわ、逃げた山規も含めてな。それ、逢坂には話したのか?」
秀治が苛々と膝を揺する。複雑な心を持て余してしまう。申し訳ないのに、自分のために怒ってくれることがちょっとだけ嬉しい。
しかし思いも寄らぬ質問をされて、内心小さく飛び上がってしまった。
「いやいや、おれが逢坂に話したところで関係ないでしょ?」
「俺は名探偵だから、もう予想できてるんだわ。連れ子って、逢坂なんだろ?」
「え!!!」
今度は確実に体ごと三センチは飛び上がった。今世紀最大の……いや、今年で三番目くらいの驚きがおれを襲い、ごまかしの効かないほど声が裏返る。
秀治はドヤ顔で推理を披露した。初めはおれが桔都に憧れて、あるいは本当に好きなのかと思ったが、文化祭のときに桔都からおれへの執着を感じ取ったらしい。
こそこそと二人で話すのを何度か目にしているし、桔都が「瑞」と名前で呼んでいることからも確信を得た。
「まじで付き合ってんのかと一瞬思ったけどさ~、もしそうだったら瑞の様子がもっとおかしくなるはずだし?」
「おい待て『もっと』ってどういうことですかぁ?」
執着というかいろいろあって桔都が懐いてくれた感じだけど、秀治の話した内容はおれの近くにいたからこそわかる変化である。
付き合うとか言われてびっくりしたものの、絶賛彼女とお付き合い中の秀治だからこその発想かもしれない。それよりも普段から様子がおかしいみたいな言い方をされてムッとする。
「はいはい認めますぅ。さすが体は子ども、頭脳は大人……名探偵」
「やめい」
しばらくふざけ合ってから、珍しく真剣な顔で秀治が見てくる。
「まじでさ、ちゃんとあいつに話した方がいいぜ。この件に関して瑞も逢坂も悪くはないのわかってるしあの女が元凶だと思うけど、一番効果的に解決できるカードを持ってるのは逢坂だろ」
「うん……」
桔都が我慢してまで大事にしている人間関係をおれのせいで崩すのは嫌だ。けれど秀治の意見も正論だった。
おれが納得しかねているのを察してか、秀治はさらに言葉を重ねてくる。
「義理とはいえもう家族なんだろ? 知らされない方があとから傷つくって絶対。瑞だって思わねー? あいつがなんか嫌がらせされてたとして、瑞が原因のひとつだけど気ぃ遣って隠してたら」
「それは嫌だ」
「だろ?」
教室の後ろにまとめて置かれている額の方をちらと見遣った。文化祭でやった写真展で飾っていた作品たちは担任もすごく気に入っていて、もうすぐ行われる三者面談のときにも親に見てもらい、その際持ち帰ることにしましょうとなっている。
おれの作品は、我ながら仲のいい家族を象徴するような素敵な写真だ。確かに家族の誰かが知らないうちに傷つけられていたら嫌だし、隠されたりするのも嫌だ。
(うん。話して……みようかな。桔都の反応が怖いけど)
来週には実力テストがあって、その結果をもとに三者面談が行われる。話すのはテストが終わってからにしよう、と密かに決意した。
家に帰ると、母がソファで横になっていた。珍しくうたた寝してしまったらしく、そっと毛布をかけてあげる。
「んー……瑞? ごめん寝すぎたかも。夕飯の支度しなきゃ……」
「おれがやろうか? 今日なに作るの?」
「えーっと……あ。丞さん出張だった……もうお鍋でいい?」
「もちろん! 鍋ならおれが準備できるから、寝てて」
丞さんの海外出張が急に決まり、母はちょっと寂しそうだ。こうなったら読みたかった本をまとめて読破してやる! と昨日長編小説を大人買いしてきたのだが、きっと夜中まで読んでしまったのだろう。
最近は家事も母に甘えきりだったな、と反省しつつキッチンに向かう。
ストッカーにおれの好きなトマト鍋の素があったからそれに合わせて材料も決めた。締めにご飯と卵を入れてオムライスリゾット風にするのがとっても美味しいのである。
キャベツを切っていると桔都が帰ってきた。キッチンに立つおれに驚き喋ろうとしたから、「シーッ」と言いながら桔都の唇を指先で押さえる。
「母さん寝てんの。夕飯鍋だからおれが作ろうと思って。桔都も一緒にやる?」
背伸びしてこそこそと耳元で話すと、桔都は顔を真っ赤にして何度も頷いた。やる気があってよろしい。
ウインナーを切って入れるか否かで討論し、チゲ鍋の素を見つけたおれがトマトチゲ鍋にしたいと主張したが今回は取り下げとなった。
そのうちに起き出してきた母が鶏肉も追加してくれ、ボリューム満点の鍋となったが締めまでぺろりと平らげた。
「「ごちそうさまでした!」」
桔都がトマト鍋は初めてだけど美味しかったと言うので、おれと母はにっこりする。鍋は最強の手抜き料理だし、これからやってくる冬には何度でも食べられるだろう。
ちなみに調べてみればトマトチゲ鍋が世に存在することもわかったため、今度こそ試したいと思う。
「あーあ、アイスでも買っておけばよかったなぁ」
「言わないでよ母さん、食べたくなるじゃん!」
「「よし……買いに行こう!」」
「…………」
突然デザートを所望した母におれが文句を言い、すぐ意気投合したことに桔都は目を白黒させていた。
コンビニまで十分の道のりを並んで歩き、丞さんには内緒ねといいながらハーゲンダッツを三人分購入する。一家の大黒柱なのに、いないときに贅沢する罪悪感はアイスよりも甘い。
「桔都ごめんね? お父さんを蔑ろにしてるわけじゃないんだからね?」
おれと母に流されるまま買ったバニラ味のアイスを食べている桔都に、母が言い訳をしている。
「いえ……なんか聞いても喜びそうだしあの人……」
「あはは、確かにな!」
「言えてるわ……もう、箱買いしてやればよかったぁ」
箱買いとかそういうことじゃないと思う。でもいつもより少し元気なさ気に見えた母が調子を取り戻したので、安心して笑った。


