おれは学校帰り、学校一のイケメンと名高い逢坂を見かけた。
「ほえ~、佇んでるだけでかっけー……」
逢坂桔都。芸能人みたいな名前の彼は背がすらりと高く、顔立ちはテレビで見る芸能人よりかっこいい。優しそうな二重の目なのに、すっと通った鼻筋とまっすぐ伸びる眉が顔の印象を引き締めている。
二年になってから逢坂がおれの高校に転入してきた途端、女子たちは大騒ぎしていた。当然人気者で、いつも周りに人がいる。
気になっていたおれも初めて廊下ですれ違ったとき、「顔ちっっっちゃ……! ほんとに同じ人間なのぉ!?」と両手を口に当てて叫んでしまったくらいだ。
イケメン爆発しろとか、そんなことはこれっぽっちしか考えていない。あれだけの容姿なら、毎日鏡を見るのもさぞ楽しいに違いない。
――超モブ顔のおれとは違って。
おれは逢坂の正反対を行くというか、すごく不細工ではないと思うのだが平凡な顔立ちだ。身長も平均には少しばかり足りず、髪はくせっ毛でいつもほわほわ跳ねている。
色素が薄いのか髪の毛と瞳の色は光に透かすと茶色に近いけど、蛍光灯の下では完全にモブ。
別に悲観しちゃあいない。この顔と体で十七年間生きてきたし、女手一つで育ててくれた母には感謝しかない。
最近はデートだなんだとお洒落して出かけていくのが楽しそうで、おれも嬉しかった。
「……って、やべ。急いで帰らなきゃだった!」
ぼけーっと突っ立って考え事をしていたことに気づき、家に向かって走り出す。今日は母が再婚を考えている相手と家族ぐるみでご対面するのだ!
なんと、相手の男性にもおれと同い年の息子がいるらしい。向こうは奥さんに先立たれ、その傷を癒したのがおれの母なのだという。
「プロポーズされちゃった!」と嬉しそうに母が報告してきた日に、色々教えてもらった。
もちろんおれは反対するつもりなんてさらさらない。でも結婚するなら四人で同居することになるだろうし、向こうの息子がジャイアンみたいなやつだったら……おれはか弱いので毎日苛められるのは必至だ。そんなの無理、絶対。
(ジャイアンじゃありませんように……!)
強く願いながら、夕暮れの街を駆け抜ける。街路樹の葉をざわめかせながら吹き抜ける風は、もうすぐ訪れるであろう、燃えるような夏の序曲を奏でているかのようだった。
「ただいまー!」
母と共に向かった家は、周囲の家よりもひときわ立派な一軒家だった。ちなみにおれと母は小さなアパートに住んでいる。
働いているビルで出会い、外でデートを重ねていた母も初めて訪れたらしく「えっ、どうしようみずきぃ……」と完全に及び腰だ。
「吹けば飛ぶようなボロ屋よりマシじゃん!」
「そ、そ、そうね。お母さんはセレブに負けない! 勝つわよ!」
一体何に勝つのかわからないけれど、おれも「マナーがどうとか言われたらどうしよう……!」と内心ちびりそうだった。二人できつく手を握り合って、母がインターホンを押す。
「はい」
「あ、えっと……」
ハスキーな男性の声が聞こえてきて、母は頬を赤らめながらカメラ付きドアホンの前でもじもじした。
おれがしっかりしろよぉ、と肘でつつこうとしたとき、また声が聞こえた。
「奏海さん? 待ってたよ」
ドアホン越しにもわかる、愛情深い声だった。心の底から来訪を喜んでいることが伝わってくるような、優しい声。
「……はい」
四十路とは思えないほど少女みたいな顔をして、母ははにかんで笑った。
おれもホッとして肩を撫で下ろす。母は今度こそ、いい相手を選んだらしい。
「いらっしゃい」
「うわぁ」
玄関のドアを開けて歓迎してくれたのは、背の高いダンディな男前だった。思わずおれの口から感嘆の声が漏れ、母に肘でつつかれる。
いや、だって。母、面食いすぎでは……?
「相良瑞です。母がいつもお世話になってます」
「逢坂丞といいます。今日は来てくれてありがとう。さ、お茶を淹れるから、上がって上がって」
心の中で練習してきた挨拶を述べてぺこりと頭を下げると、丞さんは柔和な笑みで名乗ってくれた。目尻にキュッと皺が寄るのが素敵で、本当に優しそうだ。
母より少し年上かな? というくらいで、おじさん感もない。カジュアルに応対してくれたので緊張も解れ、おれたちは靴を脱ぐ。
(逢坂って、意外によくある名前なんだな〜。いや、大阪か?)
学校帰りに見たイケメンを思い出していると、玄関から上がってすぐの扉の先がリビングだった。ソファに人がちまっと座っている。
「息子だよ。ちょっと人見知りなんだが、瑞くんと同じ学年だから仲良くしてあげてほしい」
「…………」
こんなやつ学校にいたか? というのが最初の感想だった。
近づくと意外に図体が大きいことはわかったけど、ソファの座面の上で膝を抱えているからキュッとコンパクトになっている。
黒いフレームがごつくてレンズの厚そうな眼鏡をかけていて、髪も目元に垂れていて顔がよくわからない。完全に内に籠もっている様子だ。
(結構陰キャっぽいな……あの人の息子としては、意外かも)
おれは相手も当然自分と仲良くしたいと思ってくれていると考えていたため、対応に困ってしまった。
そっと顔を覗き込むようにして、上目遣いにちょっと首を傾げる。警戒心の強い動物に話しかけるような慎重さで、とりあえず挨拶してみた。
「あの、……こんにちは?」
「…………」
「桔都、ちゃんとご挨拶なさい」
(ん……?)
絶対によくある名前ではない名前が聞こえてきた気がして、耳を疑う。おれはコテ、と首を反対方向に傾けてよくよくその男を観察してみた。
服装は毛玉のついたジャージ、髪は洗い上がりを自然乾燥したようでボサボサだ。両膝を抱えている腕で顎は隠れているけど、顔は案外小さく輪郭もシュッとしている。
分厚いレンズの向こうの目は、縮小されて見えるけど綺麗な二重。なによりスッと高い鼻梁が、彼が普通の男子ではないことを証明していた。
(え……)
「逢坂桔都です。よろしく……」
信じられないほどぼそぼそ声で喋っているが、間違いない。同姓同名の別人でもない。彼は――あの学校中の注目を集めるイケメンだ。
「え~~~~~っ!?!?」
おれの叫び声に、いつの間にか仲良くキッチンに立っていた母と丞さんがこちらを向いた。
「瑞、知り合いだったの?」
「え、え、だって……」
「あぁ、息子は家と外じゃ全然違うから」
言葉が出てこないおれに、丞さんが納得したように言ってくれたので激しく頷いておいた。
『全然』なんてレベルじゃない。あのキラッキラで爽やかイケメンの逢坂が、家では見た目に気を遣わずぼそぼそとしか喋れない内向的なタイプだったなんて信じられるか?
全っっっ然、全く、天と地ほどに違うじゃないか!
目を丸くしたまま腰を抜かしたおれを、逢坂はきつく睨んでいるように見えた。ちょっと申し訳なくなり目を逸らす。
(さすがに驚きすぎだった? いやでもこれ、驚いてくださいって言ってるようなもんだろ……。学校のやつらは知らないのか? まぁ知らないよな。知ってたら絶対噂になってると思う。イケメン度ゼロ、ってほどじゃないけど百分の一くらいになってるよぉ……)
放心していると、お茶が入ったと呼ばれておれはダイニングテーブルにつく。逢坂も、呼ばれてしぶしぶという感じで丞さんの隣に座った。
そこでようやく、母が緊張の面持ちで逢坂にも挨拶する。母に対して酷い態度だったらさすがに許さん、とおれは内心息巻いていたが、意外な反応だった。
「相良奏海といいます。お父さんにはすごくお世話になってて……あの、よろしくね?」
「……父を、よろしくお願いします」
猫背でぼそぼそと喋っていたけれど、確かに逢坂はそう言った。
「お前なぁっ。もう……ありがとう」
丞さんが息子に肩をぶつけて、その後天井を見上げた。ちょっと目元が潤んでいる。
なんだかいい所を持って行かれたような悔しい心地になって、おれも慌てて宣言した。
「おれも! 丞さん、いやお父さん。母をよろしくお願いします!」
「やだ〜かっこつけちゃって」
「瑞くんは奏海さんに似て、可愛いね」
バシッと母に肩を叩かれ、丞さんにはほっこりされる。なんで自分のときは締まらないんだ。
逢坂はちっともこちらを見てくれなくて、逆におれは燃えた。なんか嫌われてるっぽいけど、ジャイアンじゃないし。
(どうにかしてこのギャップ大魔王を攻略せねば……!)
「ほえ~、佇んでるだけでかっけー……」
逢坂桔都。芸能人みたいな名前の彼は背がすらりと高く、顔立ちはテレビで見る芸能人よりかっこいい。優しそうな二重の目なのに、すっと通った鼻筋とまっすぐ伸びる眉が顔の印象を引き締めている。
二年になってから逢坂がおれの高校に転入してきた途端、女子たちは大騒ぎしていた。当然人気者で、いつも周りに人がいる。
気になっていたおれも初めて廊下ですれ違ったとき、「顔ちっっっちゃ……! ほんとに同じ人間なのぉ!?」と両手を口に当てて叫んでしまったくらいだ。
イケメン爆発しろとか、そんなことはこれっぽっちしか考えていない。あれだけの容姿なら、毎日鏡を見るのもさぞ楽しいに違いない。
――超モブ顔のおれとは違って。
おれは逢坂の正反対を行くというか、すごく不細工ではないと思うのだが平凡な顔立ちだ。身長も平均には少しばかり足りず、髪はくせっ毛でいつもほわほわ跳ねている。
色素が薄いのか髪の毛と瞳の色は光に透かすと茶色に近いけど、蛍光灯の下では完全にモブ。
別に悲観しちゃあいない。この顔と体で十七年間生きてきたし、女手一つで育ててくれた母には感謝しかない。
最近はデートだなんだとお洒落して出かけていくのが楽しそうで、おれも嬉しかった。
「……って、やべ。急いで帰らなきゃだった!」
ぼけーっと突っ立って考え事をしていたことに気づき、家に向かって走り出す。今日は母が再婚を考えている相手と家族ぐるみでご対面するのだ!
なんと、相手の男性にもおれと同い年の息子がいるらしい。向こうは奥さんに先立たれ、その傷を癒したのがおれの母なのだという。
「プロポーズされちゃった!」と嬉しそうに母が報告してきた日に、色々教えてもらった。
もちろんおれは反対するつもりなんてさらさらない。でも結婚するなら四人で同居することになるだろうし、向こうの息子がジャイアンみたいなやつだったら……おれはか弱いので毎日苛められるのは必至だ。そんなの無理、絶対。
(ジャイアンじゃありませんように……!)
強く願いながら、夕暮れの街を駆け抜ける。街路樹の葉をざわめかせながら吹き抜ける風は、もうすぐ訪れるであろう、燃えるような夏の序曲を奏でているかのようだった。
「ただいまー!」
母と共に向かった家は、周囲の家よりもひときわ立派な一軒家だった。ちなみにおれと母は小さなアパートに住んでいる。
働いているビルで出会い、外でデートを重ねていた母も初めて訪れたらしく「えっ、どうしようみずきぃ……」と完全に及び腰だ。
「吹けば飛ぶようなボロ屋よりマシじゃん!」
「そ、そ、そうね。お母さんはセレブに負けない! 勝つわよ!」
一体何に勝つのかわからないけれど、おれも「マナーがどうとか言われたらどうしよう……!」と内心ちびりそうだった。二人できつく手を握り合って、母がインターホンを押す。
「はい」
「あ、えっと……」
ハスキーな男性の声が聞こえてきて、母は頬を赤らめながらカメラ付きドアホンの前でもじもじした。
おれがしっかりしろよぉ、と肘でつつこうとしたとき、また声が聞こえた。
「奏海さん? 待ってたよ」
ドアホン越しにもわかる、愛情深い声だった。心の底から来訪を喜んでいることが伝わってくるような、優しい声。
「……はい」
四十路とは思えないほど少女みたいな顔をして、母ははにかんで笑った。
おれもホッとして肩を撫で下ろす。母は今度こそ、いい相手を選んだらしい。
「いらっしゃい」
「うわぁ」
玄関のドアを開けて歓迎してくれたのは、背の高いダンディな男前だった。思わずおれの口から感嘆の声が漏れ、母に肘でつつかれる。
いや、だって。母、面食いすぎでは……?
「相良瑞です。母がいつもお世話になってます」
「逢坂丞といいます。今日は来てくれてありがとう。さ、お茶を淹れるから、上がって上がって」
心の中で練習してきた挨拶を述べてぺこりと頭を下げると、丞さんは柔和な笑みで名乗ってくれた。目尻にキュッと皺が寄るのが素敵で、本当に優しそうだ。
母より少し年上かな? というくらいで、おじさん感もない。カジュアルに応対してくれたので緊張も解れ、おれたちは靴を脱ぐ。
(逢坂って、意外によくある名前なんだな〜。いや、大阪か?)
学校帰りに見たイケメンを思い出していると、玄関から上がってすぐの扉の先がリビングだった。ソファに人がちまっと座っている。
「息子だよ。ちょっと人見知りなんだが、瑞くんと同じ学年だから仲良くしてあげてほしい」
「…………」
こんなやつ学校にいたか? というのが最初の感想だった。
近づくと意外に図体が大きいことはわかったけど、ソファの座面の上で膝を抱えているからキュッとコンパクトになっている。
黒いフレームがごつくてレンズの厚そうな眼鏡をかけていて、髪も目元に垂れていて顔がよくわからない。完全に内に籠もっている様子だ。
(結構陰キャっぽいな……あの人の息子としては、意外かも)
おれは相手も当然自分と仲良くしたいと思ってくれていると考えていたため、対応に困ってしまった。
そっと顔を覗き込むようにして、上目遣いにちょっと首を傾げる。警戒心の強い動物に話しかけるような慎重さで、とりあえず挨拶してみた。
「あの、……こんにちは?」
「…………」
「桔都、ちゃんとご挨拶なさい」
(ん……?)
絶対によくある名前ではない名前が聞こえてきた気がして、耳を疑う。おれはコテ、と首を反対方向に傾けてよくよくその男を観察してみた。
服装は毛玉のついたジャージ、髪は洗い上がりを自然乾燥したようでボサボサだ。両膝を抱えている腕で顎は隠れているけど、顔は案外小さく輪郭もシュッとしている。
分厚いレンズの向こうの目は、縮小されて見えるけど綺麗な二重。なによりスッと高い鼻梁が、彼が普通の男子ではないことを証明していた。
(え……)
「逢坂桔都です。よろしく……」
信じられないほどぼそぼそ声で喋っているが、間違いない。同姓同名の別人でもない。彼は――あの学校中の注目を集めるイケメンだ。
「え~~~~~っ!?!?」
おれの叫び声に、いつの間にか仲良くキッチンに立っていた母と丞さんがこちらを向いた。
「瑞、知り合いだったの?」
「え、え、だって……」
「あぁ、息子は家と外じゃ全然違うから」
言葉が出てこないおれに、丞さんが納得したように言ってくれたので激しく頷いておいた。
『全然』なんてレベルじゃない。あのキラッキラで爽やかイケメンの逢坂が、家では見た目に気を遣わずぼそぼそとしか喋れない内向的なタイプだったなんて信じられるか?
全っっっ然、全く、天と地ほどに違うじゃないか!
目を丸くしたまま腰を抜かしたおれを、逢坂はきつく睨んでいるように見えた。ちょっと申し訳なくなり目を逸らす。
(さすがに驚きすぎだった? いやでもこれ、驚いてくださいって言ってるようなもんだろ……。学校のやつらは知らないのか? まぁ知らないよな。知ってたら絶対噂になってると思う。イケメン度ゼロ、ってほどじゃないけど百分の一くらいになってるよぉ……)
放心していると、お茶が入ったと呼ばれておれはダイニングテーブルにつく。逢坂も、呼ばれてしぶしぶという感じで丞さんの隣に座った。
そこでようやく、母が緊張の面持ちで逢坂にも挨拶する。母に対して酷い態度だったらさすがに許さん、とおれは内心息巻いていたが、意外な反応だった。
「相良奏海といいます。お父さんにはすごくお世話になってて……あの、よろしくね?」
「……父を、よろしくお願いします」
猫背でぼそぼそと喋っていたけれど、確かに逢坂はそう言った。
「お前なぁっ。もう……ありがとう」
丞さんが息子に肩をぶつけて、その後天井を見上げた。ちょっと目元が潤んでいる。
なんだかいい所を持って行かれたような悔しい心地になって、おれも慌てて宣言した。
「おれも! 丞さん、いやお父さん。母をよろしくお願いします!」
「やだ〜かっこつけちゃって」
「瑞くんは奏海さんに似て、可愛いね」
バシッと母に肩を叩かれ、丞さんにはほっこりされる。なんで自分のときは締まらないんだ。
逢坂はちっともこちらを見てくれなくて、逆におれは燃えた。なんか嫌われてるっぽいけど、ジャイアンじゃないし。
(どうにかしてこのギャップ大魔王を攻略せねば……!)


