俺の友人は。

 明希ちゃんが修学旅行に行かないつもりだと知ったあの日から、俺は明希ちゃんからのサインを見逃さないようによくよく観察するようになった。
 でも、明希ちゃんはそんな必要もないほど、明らかに一人ですべてを抱え込み、心を閉ざしていった。それなのに、俺にも、諏訪野にも、俊希さんにも、誰にも助けを求めてはくれなかった。

「明希から話をしてくれるまでは何も聞かないでほしい」

 そういった諏訪野の言葉を律儀に守る必要はないと思いながらも、俺は結局何も言い出せなくて。日に日に暗くなっていく明希ちゃんの顔を俺はただ見ていることしかできなかった。

 そうしてただ過ぎていくだけの日々が続いたころ。事態は一気に動いた。
 動かしたのはもちろん、諏訪野だ。

「おかえり、今日は早かったんだね」

 学校から帰ってすぐ、明希ちゃんが朝に仕込んでおいてくれた夕飯の準備を始めると、すぐに俊希さんと俺の父親が俺たちの部屋にやってきた。
 俊希さんの仕事は残業が多くて、一緒に夕飯を食べられる時間に帰ってくることは少ない。そのせいもあって、明希ちゃんのこともちょっと疲れてるみたいだとは思っていても、それほどおかしいとは感じていないようだった。まぁ俺は「修学旅行に行かない」ってことを聞いたから余計に敏感になっちゃってるのかもしれないけど。

「翔くんに頼まれたんだよ。少し前に電話もらってね。明希に内緒で話がしたいから、時間を取れないかって。今日がいいって言われたからさ、調整できてよかった」

 すぐにわかった。ついに諏訪野が動き出したんだって。あいつは明希ちゃんに何が起こっているか調べると言っていた。その決着をつけるのがきっと『今日』なんだろう。

「なんだろうな話って。どうしよう、明希をくださいとか言われたら……!」

 心配そうな、でも、どこかはしゃいだ様子の俊希さんを見て思わずずっこけるかと思った。
 そんな、明るい話題ならどれほどよかったでしょうね。

「さすがにそれなら二人で話に来るでしょ」
「それもそうか。じゃあ何の話なんだろうなぁ」

 「う~ん」と頭をひねる俊希さんは、顔だけなら明希ちゃんにそっくり。でも、不機嫌な顔がデフォルトの明希ちゃんとは違って、同じ怖い顔でも俊希さんは朗らかというか、もっと表情が豊か。俺の父さんが、表情がころころ変わってかわいい、っていうのも頷けちゃう。
 好みっていうのも遺伝するものなのかなぁ。俊希さんは年齢を除けば、俺のドストライクなんだよね。だからこそわかる、俺の父さんのほうが()だろうなって。
 うん、やめよう。親のあれこれなんて想像するもんじゃない。
 それでも、そんなくだらないことを考えていないと、不安でいてもたってもいられなくて。
 それから諏訪野がうちに来るまでの時間は、時計で見れば大したことなかったのに、長く感じてたまらなかった。


「すみません、お忙しいのに無理をお願いしてしまって」
「いやいや、翔くんにはいつも明希が世話になってるし。それに明希の話なんて言われたら、聞かないわけにはいかないだろ?」
「ありがとうございます。……先にお話しておきたいのですが、今日の話は決していい話ではありません。でも、どうしても最後まで聞いてもらいたいんです」
「……そっか。そんな気はしてたんだ。最近の明希はどう見ても様子がおかしかったし、きみも全然家に来なくなったから……」

 俺は俊希さんを少し見くびってたかもしれない。やっぱりちゃんと息子がおかしいことに気づいていたんだ。
 でも、きっと諏訪野と喧嘩したんじゃないかとか、学校でなんかあったんじゃないかとか、そういう想定をしていたんだろうね。
 諏訪野の話を聞いた俊希さんは、愕然としていた。

「まさか、あいつが……、そんな……」
「明希はきっと、俊希さんを巻き込みたくなかったんだと思います。だから一人で全部かたをつけようと……」

 俺だって驚いた。まさか、明希ちゃんのバイト先であるスーパーで明希ちゃんのことを聞いてきた女っていうのが、明希ちゃんの母親で。しかも、お金をせびりに来ていたなんて。
 なんで、なんでそんなひどいことができるんだろう。
 詳しくは聞いたことはないけど、明希ちゃんは「母親に『いらない』って捨てられたんだ」って、言っていた。

 明希ちゃんはものを欲しがったりもしないし、何かに固執したりしない。人とは常に線を作って接してた。
 わかるよ、母親に捨てられた者同士だもん。怖いよね。期待して、また同じ思いなんてしたくないよね。
 しかも明希ちゃんは俺みたいに図太く開き直ったりできる性格でもないから。優しくて、聡いから、相手を慮りすぎてしまう。そうして自分の想いを隠して、諦めてしまうんだ。

 今回もきっとそう。俊希さんのことを、もしかしたら母親のことも、考えすぎて、自分だけが耐えればいいって思ってしまったんだろう。
 そんな明希ちゃんに付け込んで、さらに苦しめるなんて。

 ――許せない……!!

 いつの間にか目には涙がたまり、強く手を握りしめていたことを、父親に肩をたたかれて気が付いた。