ということで、俺たちは成績を下げるわけにはいかないのだけれど。
 とは言っても、別に一番にこだわる必要はない。上位がキープできていればいいし、俺からすれば学年一位の翔も、二位の孝太郎も素直にすごいと思う。でも、プライドの高い孝太郎にとって翔はどうしても目の上のたんこぶのように感じるらしい。

「翔は本気でそう思ってるんだよ」
「いーや、そんなことないね。あの笑顔のうさん臭さにどうして気が付かないのかなー。明希ちゃんのことだって引き立て役くらいにしか思ってないんじゃない?」
「馬鹿言うな、翔はそんな奴じゃない」

 これだから、嫌なんだ。怒気のこもった俺の声に、孝太郎は不満げな顔をぷいっとそむけ、また本を読み始めた。いつもこんな感じで孝太郎が拗ねてこの話は終わりになる。
 俺は和室に背を向け、買ってきた食材を冷蔵庫にしまい、残りの食材と合わせて晩ご飯のメニューを考えつつため息をついた。

 孝太郎が翔を嫌っていたとしても、人には合う合わないがあるのだから、仕方がないことだとは思う。
 でも、翔と仲のいい俺に対して翔の悪口を言うのはどうなんだ。しかも想像で、ありもしないことを。そもそも引き立て役とか俺にも失礼だ。
 こんなやつ、翔には絶対にふさわしくない。
 翔は本当にいいやつなんだ。
 裏表もない、変な打算もない。本当に非の打ち所がないやつなんだ。

 俺に対してだってそうだったんだから。

 うちの学校は中高一貫の私立校で割と裕福な家庭育ちの大人しい生徒が多い。その中に急に高校からぽんっと入ってきた俺は、釣り目の三白眼という人相の悪さと、人見知りで引っ込み思案な性格が災いし、初っ端からクラスの中で完ぺきに浮いた。
 私服校だったというのも俺が友達作りに失敗した原因の一つでもある。気に入って着ていた安いデスメタル調の古着はお坊ちゃまたちにとても不評だったのだ。
 でも、いくら安いものを選ぼうとも服を買うには金がかかる。どうせなら好きなものを着たいじゃないか。
 そんな自分のポリシーを貫き通した結果、クラスメイトからビビられ、避けられたまま一年を過ごし、二年に進級。
 そこで俺の学校生活はがらりと変わることになる。

 二年になって初めての始業式があった日、黒地に血をたらしたような赤い文字で「GO TO HEAVEN」と書かれたTシャツを着ていた俺に「その服カッコイイね」なんてくっそ爽やかな笑顔で後ろの席にいた翔に話しかけられたのが始まり。
 もちろん俺はお得意の人見知りを発動させたが、コミュ強の翔はそれに怯むことなんてなく。そのおかげで、俺たちが打ち解けたのは割とすぐだったと思う。
 後から思えば、中学から持ち上がりの翔にはわざわざ俺と仲良くなる必要なんてないほど友達がいる。だから「なんでわざわざ俺なんかに」なんてつい零してしまったことがあった。
 そしたら「一年の時から目立つやつがいるなーって気にはなってたんだよ。そいつが目の前にいたら仲良くなるしかないじゃん」だって。
 なにそれ、イケメンかよ。いや、イケメンだったわ。
 俺がそんなふうに言ったら、カツアゲされる?! で終わる。俺の『目立つ』はそういうことだ。
 だから、生活態度には人一倍気を付けている。
 だって、特待生として認められるには成績だけではなく、生活態度も加味されるのだ。
 孝太郎が学校では地味な格好で大人しくしているのはそのためだと言っていた。あのダサい黒ぶち眼鏡も伊達だ。実際はそんなの建前で、邪魔されずに本を読んでいたいだけなんだろうけど。
 それでも孝太郎は立ち回りがうまいから、適度に話をする友達はいて、一人浮いているということはない。
 一方の俺は、見た目を「まじめ」に見せるのは無理だ。だから、絶対に問題なんか起こさないように気を配っている。まぁ結局同級生の大半からはビビられているのだけれど……。
 幸い、穿った目で見る教師がいないおかげで、俺も無事特待生を維持できてるんだけどね。

 話がそれたが、とにかく、俺が翔の恋を応援できない理由は、孝太郎がこんなふうだからだ。
 翔は俺にとって大切な友人だ。それを悪く言うやつとの仲を応援なんてできっこない。

 でも、孝太郎だって別に嫌なやつってわけじゃない。図太くてさっぱりきっぱりしたまぁ自分勝手な性格ではあるが、こんなふうに悪く言うのは翔だけだ。むしろ、なぜ翔のことをこんなにも嫌うのか、正直よくわからない。
 聞いてみても、「生理的に無理だから」としか言わないから、それ以上聞けない。あんな完璧イケメンが生理的に無理だったら、逆にどんなやつだったら受け入れられるのか。
 どうしたものか、と思うけど、俺にはもうどうしようもないから静観してるが、実は俺が孝太郎と知らない仲ではないことも翔には話しそびれてしまっている。

 そもそも俺と孝太郎は学校では話さない。
 わざわざ話すことがないというのもあるし、人相の悪い俺と学校では地味キャラの孝太郎は、ぱっと見でタイプが違いすぎる。だから変に勘繰られても面倒だし、カツアゲされてるとか思われたらたまったもんじゃない。
 だからつい素知らぬそぶりをしてしまったせいで、今更、実は小中同じで、家も隣なんだ! とか言えない。
 それどころか実際は一緒に住んでいるなんて知られたら……そのいきさつを説明するのが無理すぎる。

 いろいろ考えすぎてつい野菜を切る手に力が入ってしまった。
 今日の夕飯は残っていた野菜で八宝菜もどき。心を無にしようともくもくとニンジンを刻んでいると、コンコンと玄関ドアを叩く音がした。今時インターホンもないようなこのボロアパートは当然ながら壁も薄いから、ちょっとした音でもよく響く。
 当然、拗ねながら本を読んでいる孝太郎が出るはずもなく。俺が出ていくと、そこには俺の父親と孝太郎の父親が並んで立っていた。

「おかえり、ご飯まだだけどこっちで待っとく?」
「明希もおかえり。じゃー先に風呂入ってこようかな?」
「うん、そうして」

 俺の言葉に頷いた父親たちは仲睦まじげに寄り添いながら隣の部屋へと入っていった。
 あの様子では戻ってくるのは三十分以上後だろう。
 これが、俺と孝太郎が一緒に住んでいる理由というか、原因というか。
 『説明するのが無理すぎるいきさつ』というやつだ。