神星は俺を保健室まで運んで、すぐにグラウンドへ戻っていってしまった。
俺は保健室の先生に応急処置をしてもらって、しばらく安静にしていたら、だいぶ痛みも軽くなった。

先生にお礼を言ってグラウンドに戻る頃には、もう閉会式は終わっていて、片付けが始まろうとしていた。

「「兄ちゃん!」」

「あれ!詩音、玲音!」

足に負担をかけないようにゆっくり歩いていたら、可愛い弟たちが元気よく駆け寄ってきた。
荷物をまとめた母さんと父さんも後ろにいる。

「兄ちゃん、怪我した?大丈夫?」

「痛かった?」

「大したことないから大丈夫だよ。ありがとな、心配してくれて」

二人の頭を撫でていると、詩音が何かを思い出したのか、目を大きく見開く。

「あ!さっきね!兄ちゃん助けてくれた人にお礼言ったよ!」

「えっ」

「そうそう!みんなでありがとうって言った!」

「ま、マジか……」

「神星くんっていうのね。翠のお友達に会えて嬉しかったなぁ」

「母さん……」

「かっこいい男の子だね、神星くん。また話したいなぁ」

「父さんまで……」

どうやら、俺の家族全員が、神星と対面したらしい。
好きな人と家族が、自分の知らないところで話してたって……なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも……自分の好きな人を、家族もよく思ってくれることが、すごく嬉しくて幸せに気持ちになることなんだと、同時に知ることもできて……。

このあったかくて優しい気持ちのまま、神星に会いに行きたくなった。







片付けと帰りのホームルームを終えて、みんなが打ち上げだ〜!と騒がしく教室を出ていく中、その誘いを断った俺は、神星の席に向かう。

「神星、帰ろうぜ」

「楠木……足は?」

「もう平気!」

「家族の人とか、迎えにきてくれるんじゃないの?」

「んーん、マジでもう歩けるから大丈夫って言っといた」

「そっか……あれ、楠木も打ち上げ断ったの?」

「神星も原田も行かないし、まあ行かなくてもいいかなって」

「そう……じゃ、帰るか」

神星は立ち上がって自分のバッグを持つと、当然のように俺のバッグにまで手を伸ばす。

「持つよ」

「え、か、軽いからいいのに……」

「ほら、貸して」

サラッと二つのバッグを肩にかけた神星が、俺だけに微笑みかけてくる。
その微笑みは、みんなに向けられるそれとは違うから……優越感ってやつを感じて、胸が高鳴って落ち着かない。



「……」

「……」

何から話していいか分からない。
今までどう話していたか分からない。
その綺麗な横顔を見上げたら、息の仕方さえ忘れてしまいそうだ。

「……」

「……」

「「……あのさ」」

よりによってタイミング被った⁉︎

「楠木からいいよ、何?」

「ぁ、うん、いや、そのー……か、神星は、誰かとハチマキ交換した?」

「いや……してないけど」

「そ、そっか……じゃあさ!」

ああ、もう、心臓はどうしたってバクバクする。
こういうのは、勢いで乗り越えるしかない!

「俺と、交換しよ!」

「……!」

「なんだかんだ、同じ組で、めっちゃ助けてもらったし、ダンスも一緒だったし……そのー、体育祭楽しかったから、思い出〜的な?」

「思い出……」

俺、変なこと言ってないかな?言ってないよな?
一応、理由も、いい感じに言えた、よな?

「……いいよ」

「っ!マジで⁉︎」

「ふふ、そんなに嬉しいのかよ」

「そりゃ、願い叶ったら嬉しいだろ!」

「……大袈裟」

あ……耳、赤くなってる。
顔も背けてるけど、照れてるのが分かる。
……もっと、神星の照れてるところが見たい。

「あ、神星は、何言おうとしてた?」

「あー、えっと」

神星はゴソゴソとポケットに手を入れて、青色の紙を二枚取り出した。
そこには、イルカのイラストが描かれている。

「水族館、一緒に行かない?」

「っ……!」

「ショッピングモールでくじ引きの企画やってて、なんとなくやってみたら当たってさ……期末テストとか部活の大会が落ち着いてからになると思うけど、どうかなって」

「い、行きたい!だってそれってデート……みたいな……」

思わず口が滑って、ごにょごにょと言葉を濁して俯いたら、神星が屈んで覗き込んできやがった。
口角をニヤリと上げているあたり、俺が動揺する様子を見れて、さぞかし満足なのだろう。

「あれ、学校外の勝負はあんまり自信なかった?」

「っ、んなわけねーだろ。休日こそ圧勝だわ」

とか言ってるけど、休みの日にデートとかしたことない。
中学の頃からモテてきたのは本当だけど、好きな人も恋人もいたことなかったから。

「圧勝かぁ、楽しみにしてるよ」

「しとけしとけ」

神星は、あるのかな。
誰かとオシャレしてデートしたり、いっぱい好きって言い合ったり、そういう甘い経験が。

……あんまり、想像したくないな。

胸をズキンと鈍く痛ませる妄想を取っ払って、俺は神星からハチマキとチケットを受け取った。