体育祭の練習期間はあっという間に過ぎて、いよいよ明日は本番だ。
母さんと弟たちに加え、普段は仕事で忙しい父さんも観に来てくれるらしい。
父さんは直前まで行けるか分からなかったけど、スケジュールを頑張って調整してくれたみたいだ。
ちなみに、俺が中学生になったばかりの頃、父さんは一度大きく体調を崩して入院してる。
理由は過労、つまり働きすぎたということ。
確かに、双子の弟が生まれてから、父さんが家にいる時間がうんと減ったようには感じていた。
俺たちの前では、全く辛そうな顔を見せたことはなかったけど……入院という事態になって初めて、子どもの俺はやっと父さんの苦労を知ったんだ。
でも……
『それは……金銭的な理由?』
バイトに関して神星にそう尋ねられ、自分の中にふわふわ漂っていたものを言葉にしたとき、ふと気づいた。
俺は、結構、バイトやりたくてやってたんだなって。
親に楽をさせたいという気持ちはもちろんあるけど、それにガチガチに囚われてたわけじゃないんだなって。
俺は多分、あまり物事を深く考えないタイプだから、自分の選択についてあれこれ悩むことも少ないけど……それに気づいたときは、なんだかいい気分だった。
……ただ、同時に思った。
逆に神星は、いつも頭ん中で色々ぐるぐる考えてる人なんだろうなって。
それが楽しいこととか、幸せなことなら、いくらでも考えたらいいけどさ。
きっと神星は、不安なことも、悲しくなるようなことも、いっぱい考えちゃう人だと思うからさ。
そのときは……また、この前みたいに、俺にちょっとでも話してくれたらいいな。
「……なんてね」
机に伏せてそんなことを考えていたら、程よく眠くなってきた。
明日は体育祭だし、少し早めに寝ようかな。
と、ベッドに入ったところで、ピコンとスマホに通知が入る。
「ん……神星……」
トーク画面を開くと、さっき俺が送った「了解!」スタンプに既読がついていて、そのあと二言。
『また明日な』
『おやすみ』
たったこれだけ。
それなのに、なんか頭がほわほわして。
胸がふんわりトクトク鳴って。
今にも閉じそうな瞼の隙間で、俺も四文字のメッセージを入力した。
送信ボタンを押したら、いよいよ瞼はゆっくり閉じた。
◇
◇
◇
澄んだ青空!輝く太陽!
今日は俺が大活躍する(予定の)体育祭!
作戦は事前にノートに書きながら練ってある。
まず、障害物競走での借り人!
原田からの情報によれば、「かっこいい人」「可愛い人」「好きな人」など、青春を最大限に盛り上げるお題もしっかり用意されているらしい。
俺はどんなお題を引いても、神星を連れていくと決めている。
理由は二つ!
一つ、神星にヒロイン気分を味わせてドキドキさせてやる!みんなの前でりんごみたいに真っ赤になってしまえ!
二つ、神星以外の誰を連れていっても、みんなが嫉妬で争いを始めてしまう!
この学校のプリンスとして、プリンセスたちが傷つけあう状況なんて作るわけにはいかないのさ……。
「楠木、そろそろ並ぶって」
「おー神星!」
「何ニヤニヤしてんの」
「ふふ、なんでもないよなんでも」
神星はどんなお題を引いて、誰を選ぶんだろうか。
どうやって俺をドキドキさせてくれんのか見ものだな。
ワクワクしながら入場して、ソワソワ自分の順番を待つ。
俺の一つ前のレースでは「可愛い人」というお題が出て、サッカー部の男子が彼女を連れて走ったものだから、会場がどっと歓声に包まれた。
だがしかし、俺はそれを超えていく!
「第一コース、楠木翠くん」
アナウンスで俺の名前が呼ばれると、予想通り、四方八方から叫び声が聞こえてくる。
満遍なく手を振りつつ、特に歓声が大きなエリアに目をやると、まるでアイドルのコンサート会場かと思うような、大きなカンペうちわやペンライトを持っている女子たちが集まって……
「ん?」
うちわの文字を見ると、そのほとんどが「神星&楠木」とか「鈴斗&翠」とか……なんで二人セットなわけ?
あとなんで俺の方が名前の順番後ろなわけ〜?
若干モヤッとイラッとしつつ、スタートの合図で全力で駆け出す。
平均台やハードル、網くぐりなどを爆速でクリアして、いよいよラストの借り人のカードをめくるときが来た。
「よし!これだ!」
トップで選び放題の中、一番左のカードを手に取り、ぺらっと裏を確認すると――。
「っ……!」
うわ、どうしよ、マジか、ほんとに当たった……!
当たっちゃった……!
『好きな人』
待って、どうしよう。
あれ、俺、なんで、こんなに焦ってんの。
いざカードを手にして、その文字を確認したら……着いてきてって神星に言いにいくの、なんか、すごく緊張してきた。
「楠木ー!」
「か、神星……」
「追い抜かれるぞ!」
「っ!」
そうだ、今はまだレースの途中。
ちょうど俺に追いついた二番目の人は、すぐにお目当ての人を見つけたようで、迷わず走り出していった。
ここは……俺も止まってられない……!
「神星!一緒に来てくれ!」
「っ!分かった!」
急いで走って差し出した手を、神星がぎゅっと握ってくれる。
俺の全速力にも、お前なら着いてこれるだろ?
「おお!トップの楠木くん、まもなくゴールです!最後にマイクの前でお題を叫びます!」
実況にも熱がこもってきたな。
湧き出してきた緊張すらもスパイスにして、この会場を最高に盛り上げるしかない!
「俺の引いたお題は―――」
そこまで言って、俺たちのファンが集まるエリアに体を向けた。
俺にはマイクなんていらないさ!
「『好きな人』だーっ!!」
思いっきり叫んで、神星の背中に飛び乗った。
「っ!く、楠木⁉︎」
「よし!このままゴール行くぞ!」
「はぁ⁉︎行くけどさ!」
ああ、心臓バクバクしてる。
歓声を浴びながら、神星の大きな背中に乗って、夏の始まりの風を感じて。
一番に、ゴールテープを切って。
今まさに、青春を生きてるって感じだ。
「楠木、降ろすよ」
「ん!神星、さんきゅ!」
「っ、じゃあ、俺、自分のレースまだあるから」
「おう!」
神星にハイタッチして、息を少し落ち着かせてから、一等の列にしゃがむ。
まだ、ふわふわ、夢のような高揚感の中にいる。
ワクワクして、ハラハラして、ドキドキして……
目に映る世界がきらきらしてた。
「あれ、次、神星か」
「女子の歓声やべーぞ、耳塞いどこうぜ」
周りの人たちがザワザワし始めて、神星が今から走ることに気づく。
その頃には呼吸も随分と落ち着いてきて、じわじわと思考回路がクリアになってくる。
よーい、バン!で神星が駆け出す。
神星が走った軌跡が、流れ星みたいに煌めいている気がする。
きらきら……きらきら……
「トップは神星くん!どんなお題を引いて、誰を連れていくのか!」
流れ星がこちらへ向かってくる。
今、何かお願いしたら、叶ってしまうだろうか。
「楠木、一緒に来て」
「神星……」
「……何ボーッとしてんの、今さら照れても遅いよ」
勢いよく腕を引かれて、走り出してた。
きらきら、きらきら。
「俺のお題は……『可愛い人』です!」
……あ……
もしかして。
気づいちゃった。
なんでこんなに、俺の世界、きらきらしてるのかなって。
何がそんなに輝いてるのかなって。
「一位取れたな。楠木、ありがと」
「神の星だ……」
「な、なんて?」
名は体を表す。
それはまさに神の星。
俺の世界の真ん中で、
きらきら輝きを放っているのは―――
神星鈴斗、お前なんだ。
「楠木?大丈夫?熱でもあるんじゃ……」
額に優しく触れる手の感触に、走っているときよりも速くなる鼓動。
憎らしいほどにかっこよくて、愛おしいほどに繊細な、この人のことが、俺は……。
「……大丈夫だから、早く並ぼうぜ」
「それならいいけど、体調悪かったら言えよ」
「うん……」
このとき、文化祭までの俺の作戦は、その目的を大きく変えた。
ミスターコン優勝という目標は、最終ゴールから手段の一つになった。
〝神星を俺に惚れさせたい〟
誰もが見惚れ憧れる神星鈴斗を、本気で恋に落としたい。
その透き通った静かな瞳に、俺だけを映してやりたい。
そのために、俺は神星をドキドキさせる作戦を続行する。
そして、文化祭までに、ミスターコンで優勝するくらい魅力的な男になって……。
必ず、神星の口から、「好き」って言葉を言わせたい!
母さんと弟たちに加え、普段は仕事で忙しい父さんも観に来てくれるらしい。
父さんは直前まで行けるか分からなかったけど、スケジュールを頑張って調整してくれたみたいだ。
ちなみに、俺が中学生になったばかりの頃、父さんは一度大きく体調を崩して入院してる。
理由は過労、つまり働きすぎたということ。
確かに、双子の弟が生まれてから、父さんが家にいる時間がうんと減ったようには感じていた。
俺たちの前では、全く辛そうな顔を見せたことはなかったけど……入院という事態になって初めて、子どもの俺はやっと父さんの苦労を知ったんだ。
でも……
『それは……金銭的な理由?』
バイトに関して神星にそう尋ねられ、自分の中にふわふわ漂っていたものを言葉にしたとき、ふと気づいた。
俺は、結構、バイトやりたくてやってたんだなって。
親に楽をさせたいという気持ちはもちろんあるけど、それにガチガチに囚われてたわけじゃないんだなって。
俺は多分、あまり物事を深く考えないタイプだから、自分の選択についてあれこれ悩むことも少ないけど……それに気づいたときは、なんだかいい気分だった。
……ただ、同時に思った。
逆に神星は、いつも頭ん中で色々ぐるぐる考えてる人なんだろうなって。
それが楽しいこととか、幸せなことなら、いくらでも考えたらいいけどさ。
きっと神星は、不安なことも、悲しくなるようなことも、いっぱい考えちゃう人だと思うからさ。
そのときは……また、この前みたいに、俺にちょっとでも話してくれたらいいな。
「……なんてね」
机に伏せてそんなことを考えていたら、程よく眠くなってきた。
明日は体育祭だし、少し早めに寝ようかな。
と、ベッドに入ったところで、ピコンとスマホに通知が入る。
「ん……神星……」
トーク画面を開くと、さっき俺が送った「了解!」スタンプに既読がついていて、そのあと二言。
『また明日な』
『おやすみ』
たったこれだけ。
それなのに、なんか頭がほわほわして。
胸がふんわりトクトク鳴って。
今にも閉じそうな瞼の隙間で、俺も四文字のメッセージを入力した。
送信ボタンを押したら、いよいよ瞼はゆっくり閉じた。
◇
◇
◇
澄んだ青空!輝く太陽!
今日は俺が大活躍する(予定の)体育祭!
作戦は事前にノートに書きながら練ってある。
まず、障害物競走での借り人!
原田からの情報によれば、「かっこいい人」「可愛い人」「好きな人」など、青春を最大限に盛り上げるお題もしっかり用意されているらしい。
俺はどんなお題を引いても、神星を連れていくと決めている。
理由は二つ!
一つ、神星にヒロイン気分を味わせてドキドキさせてやる!みんなの前でりんごみたいに真っ赤になってしまえ!
二つ、神星以外の誰を連れていっても、みんなが嫉妬で争いを始めてしまう!
この学校のプリンスとして、プリンセスたちが傷つけあう状況なんて作るわけにはいかないのさ……。
「楠木、そろそろ並ぶって」
「おー神星!」
「何ニヤニヤしてんの」
「ふふ、なんでもないよなんでも」
神星はどんなお題を引いて、誰を選ぶんだろうか。
どうやって俺をドキドキさせてくれんのか見ものだな。
ワクワクしながら入場して、ソワソワ自分の順番を待つ。
俺の一つ前のレースでは「可愛い人」というお題が出て、サッカー部の男子が彼女を連れて走ったものだから、会場がどっと歓声に包まれた。
だがしかし、俺はそれを超えていく!
「第一コース、楠木翠くん」
アナウンスで俺の名前が呼ばれると、予想通り、四方八方から叫び声が聞こえてくる。
満遍なく手を振りつつ、特に歓声が大きなエリアに目をやると、まるでアイドルのコンサート会場かと思うような、大きなカンペうちわやペンライトを持っている女子たちが集まって……
「ん?」
うちわの文字を見ると、そのほとんどが「神星&楠木」とか「鈴斗&翠」とか……なんで二人セットなわけ?
あとなんで俺の方が名前の順番後ろなわけ〜?
若干モヤッとイラッとしつつ、スタートの合図で全力で駆け出す。
平均台やハードル、網くぐりなどを爆速でクリアして、いよいよラストの借り人のカードをめくるときが来た。
「よし!これだ!」
トップで選び放題の中、一番左のカードを手に取り、ぺらっと裏を確認すると――。
「っ……!」
うわ、どうしよ、マジか、ほんとに当たった……!
当たっちゃった……!
『好きな人』
待って、どうしよう。
あれ、俺、なんで、こんなに焦ってんの。
いざカードを手にして、その文字を確認したら……着いてきてって神星に言いにいくの、なんか、すごく緊張してきた。
「楠木ー!」
「か、神星……」
「追い抜かれるぞ!」
「っ!」
そうだ、今はまだレースの途中。
ちょうど俺に追いついた二番目の人は、すぐにお目当ての人を見つけたようで、迷わず走り出していった。
ここは……俺も止まってられない……!
「神星!一緒に来てくれ!」
「っ!分かった!」
急いで走って差し出した手を、神星がぎゅっと握ってくれる。
俺の全速力にも、お前なら着いてこれるだろ?
「おお!トップの楠木くん、まもなくゴールです!最後にマイクの前でお題を叫びます!」
実況にも熱がこもってきたな。
湧き出してきた緊張すらもスパイスにして、この会場を最高に盛り上げるしかない!
「俺の引いたお題は―――」
そこまで言って、俺たちのファンが集まるエリアに体を向けた。
俺にはマイクなんていらないさ!
「『好きな人』だーっ!!」
思いっきり叫んで、神星の背中に飛び乗った。
「っ!く、楠木⁉︎」
「よし!このままゴール行くぞ!」
「はぁ⁉︎行くけどさ!」
ああ、心臓バクバクしてる。
歓声を浴びながら、神星の大きな背中に乗って、夏の始まりの風を感じて。
一番に、ゴールテープを切って。
今まさに、青春を生きてるって感じだ。
「楠木、降ろすよ」
「ん!神星、さんきゅ!」
「っ、じゃあ、俺、自分のレースまだあるから」
「おう!」
神星にハイタッチして、息を少し落ち着かせてから、一等の列にしゃがむ。
まだ、ふわふわ、夢のような高揚感の中にいる。
ワクワクして、ハラハラして、ドキドキして……
目に映る世界がきらきらしてた。
「あれ、次、神星か」
「女子の歓声やべーぞ、耳塞いどこうぜ」
周りの人たちがザワザワし始めて、神星が今から走ることに気づく。
その頃には呼吸も随分と落ち着いてきて、じわじわと思考回路がクリアになってくる。
よーい、バン!で神星が駆け出す。
神星が走った軌跡が、流れ星みたいに煌めいている気がする。
きらきら……きらきら……
「トップは神星くん!どんなお題を引いて、誰を連れていくのか!」
流れ星がこちらへ向かってくる。
今、何かお願いしたら、叶ってしまうだろうか。
「楠木、一緒に来て」
「神星……」
「……何ボーッとしてんの、今さら照れても遅いよ」
勢いよく腕を引かれて、走り出してた。
きらきら、きらきら。
「俺のお題は……『可愛い人』です!」
……あ……
もしかして。
気づいちゃった。
なんでこんなに、俺の世界、きらきらしてるのかなって。
何がそんなに輝いてるのかなって。
「一位取れたな。楠木、ありがと」
「神の星だ……」
「な、なんて?」
名は体を表す。
それはまさに神の星。
俺の世界の真ん中で、
きらきら輝きを放っているのは―――
神星鈴斗、お前なんだ。
「楠木?大丈夫?熱でもあるんじゃ……」
額に優しく触れる手の感触に、走っているときよりも速くなる鼓動。
憎らしいほどにかっこよくて、愛おしいほどに繊細な、この人のことが、俺は……。
「……大丈夫だから、早く並ぼうぜ」
「それならいいけど、体調悪かったら言えよ」
「うん……」
このとき、文化祭までの俺の作戦は、その目的を大きく変えた。
ミスターコン優勝という目標は、最終ゴールから手段の一つになった。
〝神星を俺に惚れさせたい〟
誰もが見惚れ憧れる神星鈴斗を、本気で恋に落としたい。
その透き通った静かな瞳に、俺だけを映してやりたい。
そのために、俺は神星をドキドキさせる作戦を続行する。
そして、文化祭までに、ミスターコンで優勝するくらい魅力的な男になって……。
必ず、神星の口から、「好き」って言葉を言わせたい!



